機関トップ
資料グループ
テキスト一覧
年表一覧
鹿角市/鹿角市デジタルアーカイブ
トップページ
詳細検索
詳細検索
目録
テキスト
年表
その他(トップページ等)
検索条件を追加
目録
テキスト
年表
キーワード一覧
その他(トップページ等)
AND
OR
NOT
年号変換
閉じる
検索結果
: 54件
辞書ファセット
○○○
△△△
10件
20件
50件
100件
(並べ替え)
テキストタイトル(昇順)
テキストタイトル(降順)
ページタイトル(昇順)
ページタイトル(降順)
掲載ページ(昇順)
掲載ページ(降順)
/ 2ページ
鹿角市史資料編 第27集
(0055)
御請書一花輪通惣鎮守幸稲荷神社之儀は大小破造営御神事諸入費迄不残村内ニて可仕候事一諸
産土
神社氏子之新喪有之候節,は五十日過候ハハ
産土
神社之神主ヲ相頼ミ清祓可仕候、 僧侶抔ニて跡祈念決て不仕候一年暮之幣頭之儀ハ何宗旨二,ても
産土
神社之神主ニ相頼幣仕度、 日二は
産土
神社江一軒も不洩参詣可仕候一諸
産土
神社大小破造営御神事之儀,田村村長阿部喜之助副村長藤四郎荒町村多郎右エ門作之丞十助佐七大久保村武治右エ門長嶺村村長阿部甚五平一此度御沙汰ニ付
産土
鎮守八幡大神氏子相改申候右神社祭王三
鹿角市史 第4巻
(0637)
第一節神社と信仰一、 鎮守と
産土
神市内の神社鹿角の代表的な神社としては小豆沢の大日霊貴神社(大日堂),、 毛馬内の月山神社(月山社)、 花〓の幸稲荷神社(
産土
さん)の三社があげられる。,これらの神社は集落ごとに、 その中心地や小高い丘や森の中に建立され、 ムラの鎮守や
産土
神として人々,鹿角に生まれた人たちは集落で生活するために、 ムラの鎮守や
産土
を拝み、 祭りに参加して暮らしてきたのである
鹿角市史 第4巻
(0699)
⑥
産土
神の禁忌四つ足は食うものではない、 四つ足の肉は家に入れるな、 という言い伝えがある。,これは日本に仏教が伝来して以来のことで、 鹿角でも
産土
神信仰の強い地域ほど、 この禁忌が守られていた
鹿角市史 第4巻
(0598)
元日の朝はどこの地区ともムラの
産土
神にお参りをする風習があった。,大晦日から女の人たちが
産土
神にお籠りをして、 元朝を迎えるところもあった。
鹿角市史資料編 第27集
(0139)
ノ神社ハ萬民遠祖の神等にましませハ我國の民たる者尊崇奉るへき理り朝暮必わするべからず中にも其郷其村の
産土
,の神と申奉るハ其土地人民を守り賜ふ神にて其土地に生るゝものハ其
産土
の神の氏子なれハ殊更尊敬奉るべきハ神代,よりの定則なり今般戸籍編製二付ては右之御趣意二基き村々
産土
の神社を定メ氏子を調べ戸籍内ニ書記し全く皇國
鹿角市史 第4巻
(0668)
また以下トッコは講と表記する〓神社・
産土
神を中心とした講稲荷神社をはじめ八幡・神明・駒形など、 ほとんどの,神社では昭和三十年代までは講が開かれ、 何々神社とはいわずに
産土
さんの講などと呼ばれることが多かった
鹿角市史 第4巻
(0608)
年祝は家により行うところも行わないところもあったが、 盛大に催す場合は近親者を呼び、 村の
産土
神を,初午旧暦二月の最初の午の日を初午といい、 各地ではムラの
産土
神にお参りをし、 火伏せや厄払いの行事
鹿角市史 第4巻
(0640)
幸稲荷神社この神社は藩制時代には花輪の鎮守として、
産土
さんと呼ばれてきた。,「
産土
さんのお駒さんがオセゴト(〓)をして下さった」として信仰を集め、 火言火伏せ(〓)・疫厄けの神
鹿角市史 第4巻
(0060)
冬至カボチャ、 山の神第七章くらしの中の民間信仰…五五はじめに…五五一第一節神社と信仰五五四一鎮守と
産土
神
鹿角市史 第2巻 下
(0030)
、 八幡平温泉郷第八章信仰と文化三四九第一節神社と寺院三四一一、 神社三四五1、 鹿角の鎮守・
産土
神三四九大日堂
鹿角市史 第3巻 上
(0638)
『御觸帳』阿部家文書)によると、 長嶺村の諸神社の改めが行われた時、 それまで長嶺村の鎮守であり
産土
,これに従ったが、 民衆の信仰をたやすく変えることはできず、 現在でも八幡神社を鎮守、 毘沙門神社を
産土
神
鹿角市史 第4巻
(0061)
千手観音祭、 地蔵当講、 寺参り、 打飯米・霊供米第四節当講と信仰行事…五八五一当講…五八五〓神社・
産土
神
鹿角市史資料編 第27集
(0034)
へき理り朝暮必ワするべからず中にも其郷其村の産十の神と申奉其土地人民を守賜神にして其土地ニ生る者ハ其の
産土
神,の氏子なれハ殊更尊敬奉るべきハ神代より定則なり今般戸数編製ニ付てハ右之趣意に基き村々
産土
の神社を定氏子
鹿角市史 第4巻
(0394)
(青竹)をたて、 シメ縄にシデをはって囲い、 中央に水・塩・お神酒・山海の珍味などを供えて、
産土
神
鹿角市史 第2巻 下
(0389)
一出と寺1、 鹿角の鎮守・
産土
神鹿角地方においては、 今日でも神社の祭事にたずさわる者を「別当さん
鹿角市史 第4巻
(0611)
花輪の町内の一部の人の間では
産土
神中心の祭が行われ、 この日に親睦の集りをして十九日に夜を徹して飲食
鹿角市史 第5巻
(0027)
平元源田平、 柴内高沢、 同餅野、 同宮ノ平、 同乳牛、 花輪陣場、 同古館、 同
産土
神
鹿角市史 第2巻 下
(0391)
これをまとめてみると次のようになる第1表鹿角の鎮守・
産土
神大日堂鹿角の古社として、 また重要無形民俗文化財
鹿角市史 第5巻
(0028)
柴内西町、 同乳牛平、 花輪国有林苗畑、 柴内谷地中、 同水ノ目、 花輪案内、 同陣場、 同
産土
神
鹿角市史 第1巻
(0200)
福士川のゲンジボタル福士川は、 皮投岳(一一二二メートル)に源を発する小渓流で、 花輪スキー場、
産土
神
鹿角市史 第4巻
(0716)
用語としてはそう古い言葉ではないが、 土地の
産土
神の祭りで一納されるものが中心で、 無病息災・五穀豊穣
鹿角市史 第4巻
(0702)
○赤子の尻の青あざは、
産土
神が危ない所に行かないようにつねった跡だ。
鹿角市史 第4巻
(0636)
鹿角の人々が最も身近な神として信仰してきた鎮守や
産土
をはじめ、 路傍の神々にいたる諸神について知ることは
鹿角市史 第1巻
(0664)
この観音堂は小豆沢の大日堂と関係があり、 大里の村人は
産土
神として崇め、 近世は鹿角三十三観音札所二十番
鹿角市史 第4巻
(0712)
厄年は女が三十三歳、 男が四十二と六十二歳が主なもので、 旧暦二月一日などに地域の
産土
神に参拝した
鹿角市史 第3巻 下
(0472)
落葉松の根本も土は冷たからむ白木の筐は埋められにけり赤坂文弥今さらに秋は悲しと思ひたり
産土
の林に虫の音
鹿角市史 第4巻
(0734)
太神楽、 山伏神楽などともいい、
産土
神に奉納される芸能である。
鹿角市史 第4巻
(0685)
伊勢暦伊勢暦は伊勢神宮で発行する、 季節や天候を知るのに便利な暦で、 神社の神官が正月に
産土
神社のお
鹿角市史 第2巻 下
(0038)
図仙流作の絵馬…四八一第〓図観心作弘法大師像…四八一第〓図大円寺の俳句掲額…五〇凡【表】第1表鹿角の鎮守・
産土
神
鹿角市史 第4巻
(0205)
花輪の
産土
神さんとして知られている幸稲荷神社の祭典は、 旧七月十六日に神輿が渡御し一十日に還御するまで
鹿角市史 第1巻
(0119)
〓花輪市街地を東西に横切る
産土
神断層(福士川沿い)の南側は、 北側に対して五〇メートルほど隆起したため
鹿角市史 第4巻
(0761)
花輪囃子は土地の
産土
神、 幸稲荷神社の祭典に奉納される芸能である。
鹿角市史 第4巻
(0766)
古くから地域の
産土
神の祭礼で演じられて来た芸能だと思われる。
鹿角市史 第4巻
(0649)
〓その他の神社①古四王神社三ケ田にある古四王神社は、 三ケ田・荒町・大久保の三つの集落の
産土
神である
鹿角市史 第4巻
(0651)
講は今も行われており、 ムラをあげて信仰されている⑤毘沙門神社八幡平長嶺の毘沙門神社は、 ムラの
産土
神
鹿角市史 第4巻
(0672)
二、 信仰行事オミキアゲ一ラの
産土
神や祠堂などで祭りが行われる時、 常に神前にはお神酒が供えられ、
鹿角市史 第4巻
(0681)
神仏の禁陳守や
産土
の神社には、 それぞれの神に奉仕する動物がいると信じられていた。
鹿角市史 第4巻
(0549)
を取子・捨て子生まれた子供の体が弱くて生長に不安があると、
産土
で拝んでもらい神主の取子にしてもらノ
鹿角市史 第2巻 上
(0744)
花輪幸稲荷社と毛馬内月山社の郡内総鎮守・
産土
神ともいうべき両社の祭典に関連して休日が設定されていることに
鹿角市史 第4巻
(0547)
唐松・淡島・子安などの神々へ祈願するが、 そのほか地元の阿弥陀仏や観音、 その集落の守り神である
産土
鹿角市史 第2巻 下
(0257)
村祭り三日から二五日頃まで、 各村々の
産土
さまの春の祭りが行われる。
鹿角市史 第2巻 上
(0388)
右手の長者の娘が後妻にいびられるので乳母と共に旅に出、 花輪
産土
の村で頼りになる人を聞いたら、 日向屋敷
鹿角市史 第4巻
(0443)
休日は、 全体に共通するものとしては盆・正月、 村の
産土
神の祭典などで、 そのほかは集落ごとに休
鹿角市史 第4巻
(0538)
ムラの
産土
神の祭りのほか盆踊も担当し、 これは自分のムラだけでなく近隣のムラにも応援に出かけ、 ムラ
鹿角市史 第4巻
(0643)
これらの八幡宮は館神として、 またその地域の
産土
神として信仰されてきた。
鹿角市史 第5巻
(0599)
牛道長根牛渡り後家口 〔毛〕後口田 〔八〕歌内川 〔八〕宇樽部〔十和田湖〕内野〔大〕内山姥懐(金山)
産土
鹿角市史 第2巻 下
(0482)
毎月二十五日には天神祭の清書があり、 二月二十五日には
産土
の天神社において行う奉納の清書があった。
鹿角市史 第2巻 上
(0387)
鹿角四二村の
産土
神たちは大湯集宮に集まって八郎太玄能郎撃退の作戦会議を開いた結果、 花輪臥牛大寝下の
鹿角市史資料編 第27集
(0105)
追々相達候縣社郷社村社之儀詮義之次第有之、 悉皆取消追々精撰之上更ニ確定候条此段相達候事但追て指揮及候迄
産土
神
鹿角市史資料編 第19集
(0070)
かつほ花かつほかうのものとち玉子平竹の子せん御飯身取油しめ身取油しめ御蓋葉付大根葉付大根五月三日御土
産土
佐殿内一
/ 2ページ