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鹿角市/鹿角市デジタルアーカイブ

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鹿角市史資料編 第28集 (0100)

ニ毛馬内江引移三十年程住居夫より松前江引誠越申候、 右二付辻村ニは禁裏様より拝領之屋敷地有右屋敷二田中彦兵衛,常照寺ト申也、 瀬田石村毛馬内ニ先祖共之墓所有之也、 毛馬内二て親類豊口治右エ門同甚兵衛竹沢忠助別家田中彦兵衛瀬田石村二,ハ別家久助親類同村田村市蔵斉藤太次兵衛、 前書田中彦兵衛桜庭様御家中也江州辻村ニては親類田中喜右エ門田中彦兵衛太田庄兵衛木村重左工門
鹿角市史 第2巻 上 (0382)

鋳物師田中彦兵衛田中氏の祖について、 文化一二年(一八一五)と思われる墓誌名として次のように記されている,南部鹿角郡瀬田石邑田中彦兵衛保矩は藤原姓の末裔なり。
鹿角市史 第2巻 上 (0322)

同右一〇・晦毛馬内上ノ角出火ニ而一八軒焼失(町井『日記書留覚』)三・()毛馬内五軒町城ノ下四八軒焼失(『田中彦兵衛諸用書留帳
鹿角市史 第2巻 下 (0075)

半六、 吉右衛門、 嘉兵衛、 田中彦兵衛『諸用書留』(田中家文書)八兵衛、 市左衛門天保二・八七郎兵衛,文政三年(一八二〇)一〇月に中町から検断と「老名七郎兵衛、 弥右衛門、 佐次助」へ宛てた願書があるが(田中彦兵衛
鹿角市史 第2巻 上 (0025)

中世館にみる鉄の遺構と出土品二鹿角の鋳物師三四六近世の鋳物師、 鹿角の鋳物師の流れ、 鋳物師田中彦兵衛
鹿角市史資料編 第28集 (0119)

弐拾四人役□六枚畑形孫惣地、 同三升孫惣拙〆七ツ役半右之通遣候全可令知行者也文政十一年子九月肥後○田中彦兵衛方前書御證文嘉永三年戌十二月廿九日多吉立會譲遣候者也軽粉
鹿角市史資料編 第28集 (0004)

この書留帳は、 鹿角瀬田石住の鋳物師田中彦兵衛の子平左工門が父の没後文化十二年から嘉永七年(安政元年,これまで同業者として営業を続けてきた田中彦兵衛の無念さは、 十分察することができる。
鹿角市史 第5巻 (0204)

米作損毛八万三、 〇〇〇石となる同宮古通に地頭排撃の一揆おこる二一 ·瀬田石村鋳物師田中彦兵衛
鹿角市史 第5巻 (0130)

この年 鋳物師田中彦兵衛、 瀬田石村に居住すという。
鹿角市史資料編 第28集 (0118)

御引移二付、 御公義様より御役人様御出松前御役人中御立會之上城地御縄張御見分相済候申嘉永三年戌十一月十六日田中彦兵衛身帯御證文前日願出
鹿角市史 第2巻 下 (0080)

なお田中彦兵衛『諸用書留』に、 年号を欠くがおそらく文政-天保期の毛馬内町宿老連名の懸銭催促状がのゝいる
鹿角市史 第2巻 下 (0082)

田中彦兵衛『諸用書留』には、 文政六年(一八二三)三月として「此元目明吉右衛門」の名がみえる。
鹿角市史 第2巻 上 (0706)

維新前夜『田中彦兵衛諸用書留帳』一毛馬内田中家文書に興味深い記事がある。
鹿角市史資料編 第28集 (0092)

奉申上候儀恐入奉存候得共出府仕候ニ相違無御座候、 向後急度相慎左様之義無之様仕候間右之段宜御取成被仰上被下度奉頼上候以上九月田中彦兵衛立山定見様泉沢織太様中津山栄左工門様内藤仙蔵様澤出孫佐久様横田八郎様右之通申上候
鹿角市史資料編 第28集 (0052)

田数壱枚ニて此間数四間ニ長サ弐間此坪八坪三口〆七枚坪数惣〆百四拾四坪此場所辰ノ口左五兵衛持地左之通此代地田中彦兵衛拝地之内田形壱人役之内
鹿角市史資料編 第28集 (0010)

猪飼豊三郎亥正月日文化十二亥九月十四日一、 釋了保俗名彦兵衛我父ナリ墓誌名左之通(原文を読下し文になおす)南部鹿角郡瀬田石邑ノ住田中彦兵衛
鹿角市史資料編 第28集 (0048)

門同甚平検断七郎兵衛殿丑九月廿一日上ルせた石村へ引取候、 隨て同月十八日瀬田石村御肝入毛馬内町五郎兵衛殿江御断申上候ニハ、 私儀田中彦兵衛
鹿角市史 第5巻 (0638)

#183; 638田中 典子3下691田中 春二(塊山)3下703田中 彦助(平左衛門) 2上348田中彦兵衛
鹿角市史資料編 第10集 (0004)

毛馬内通りでは田中彦兵衛が桜庭家の収納米を運用しているのと対比して、 武士の台所を商人が支配するようになった
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