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鹿角市/鹿角市デジタルアーカイブ

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鹿角市史 第1巻 (0510)

奥州管領府下の鹿角康永元年=興国三年(一三四二)十月、 北畠顕信と石塔義房の指揮する奥羽南北両党の王力軍,石塔義房にかわり、 幕府引付頭人吉良貞家と幕府軍団の青年将校の畠山国氏二人が管領として着任した。
鹿角市史 第1巻 (0498)

たちまちに、 しかも強力に足利氏の影響が及ぶのは、 いわば必至のことであったついで、 足利尊氏は一族の石塔義房,建武新政下で駿河・伊豆両国目代、 紀伊国総大将をへて駿河・伊豆両国守護をつとめていた石塔義房は、
鹿角市史 第1巻 (0509)

この合戦の最中に、 北畠顕信も、 石塔義房も、 敵方の所領を次々と没収した。
鹿角市史 第5巻 (0043)

遠野南部家文書八坂神社文書興国二暦応四(一三四一)石塔義房、 津軽曽我一族に命じ、 糠部の南部諸城
鹿角市史 第1巻 (0508)

暦応四年=興国二年(二四一)六月、 曽我師助が足利尊氏・石塔義房の命をうけ、 津軽北党を糾合して糠部
鹿角市史 第5巻 (0042)

遠野南部家文書延元三暦応元(一三三八)五月顕家軍高師直軍に敗れ石津で顕家、 師行ら討死す足利方石塔義房奥州総大将
鹿角市史 第1巻 (0511)

曽我師助はこの合戦で討取られたどころか、 栗原庄三迫合戦の戦勝後奥州総大将石塔義房らと上洛し、 その
鹿角市史 第5巻 (0682)

2下382上4543下425 · 688 · 693 ·695石塚津和石塔義房
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