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鹿角市/鹿角市デジタルアーカイブ

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鹿角市史 第3巻 上 (0032)

曙村の馬匹放牧場(宮川・大湯と共に斯業の中枢地)明治三十年石川理紀之助の柴平適産調に参加した人々の血判
鹿角市史 第3巻 上 (0298)

会長には石川理紀之助が就任しいる(『秋田県種苗交換会史』明治編)〓。,が、 とくに県農会委嘱の形で石川理紀之助が率先して努めたのは、 適産調の実施であった。
鹿角市史 第4巻 (0071)

石田英一郎、 本田安次、 牧田茂、 天野武、 石川理紀之助、 伊藤裕、 宝田清吉、 松谷
鹿角市史 第3巻 上 (0299)

この適産調に従事した人々は石川理紀之助ほか四三名、 延日数四三一日を要し、 その内本郡から兎沢徳蔵
鹿角市史 第4巻 (0875)

石川理紀之助(弘化二年南秋田郡金足生れ。
鹿角市史 第4巻 (0569)

石川理紀之助の柴平村『適産調』明治三二年刊によれば、 その五十年ほど前の天保・弘化のころには婚儀の衣類代
鹿角市史 第5巻 (0293)

三·二〇石川理紀之助柴平村適産調の前調に入る。
鹿角市史 第4巻 (0360)

また石川理紀之助の柴平村『適産調』明治三二年刊花輪図書館蔵)の中に、 地域の七十一歳から八十四歳までの
鹿角市史 第3巻 下 (0426)

また一方には石川理紀之助が揮毫した「鶯の附声聞けば物は皆教への親に似たる世なりけり」の軸をかかげ、
鹿角市史 第3巻 上 (0305)

この県農会は、 石川理紀之助を発起人とするいわば私設の性格のものであったが、 同一二月にはその下部組織
鹿角市史 第5巻 (0312)

四月県立盲啞学校設置す同能代港町に県立工業講習所を設置す五月稲熱病予防の告諭発す七月機業奨励補助規程設く同石川理紀之助強首村九同升田
鹿角市史 第5巻 (0316)

衆議院議員総選挙五月 対支二十一ヵ条調印六月 県、 神職任用および待遇と神社整備に関する事項を指示九月 老農石川理紀之助死去七十一歳一
鹿角市史 第5巻 (0465)

4862下127 · 129 · 164 · 175へへい か苹果品定 石川理紀之助
鹿角市史 第4巻 (0443)

明治三十二年刊の石川理紀之助編・柴平村『適産調・風俗編』によると、 村によって休み日が異なっていた。
鹿角市史 第3巻 下 (0425)

人物養成は出来ない」として、 自分で増築した八畳二間に高等科生徒を三~五名宿泊させ、 修養団式・石川理紀之助式
鹿角市史 第3巻 上 (0278)

ただし石川理紀之助は、 りんご移入の時期を明治七年としている(〓川理紀之助著『苹果品定」明治二四年○
鹿角市史 第2巻 下 (0222)

石川理紀之助『柴平村適産調総覧』明治三二年)の風俗調の項には、 「五拾年前、 天保弘化之頃」として
鹿角市史 第3巻 上 (0055)

(明治三年九月江刺県の達により村々の御境に建てられた標示杭…三〇不老倉鉱山友子取立面付…三明治三〇年石川理紀之助
鹿角市史 第5巻 (0478)

·2下182485 · 578 · 793柴平村勢一班柴平村適産調 石川理紀之助
鹿角市史 第5巻 (0683)

達三石川土佐守石川富次郎石川 富弥石川 仁吉石川半十郎石川 半助石川 久膳石川日向守石川貢貢石川門次郎石川 ヤス石川 祐助石川理紀之助
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