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鹿角市/鹿角市デジタルアーカイブ

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検索結果 : 37件
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鹿角市史 第1巻 (0200)

〓福士川のゲンジボタル福士川は、 皮投岳(一一二二メートル)に源を発する小渓流で、 花輪スキー場、,この福士川には約半キロメートルにわたってゲンジボタルが生息し、 学術上価値の高い生物の所在地として、,つが、 近年各地とも河川の改修、 農薬の影響や水の汚染などによってその生息地が減少しており、 福士川
鹿角市史 第2巻 下 (0083)

町の南端堰根川原で米代川から分水され、 町裏を潤した後砂森で福士川に合流し、 延々八キロ余にして鶴田,町の北方を流れる福士川も、 当時豊かな水量で生活に深くかかわっていた。,花』)の中で、 紫根染・茜染がとりわけ色よくできるのは、 稀にみる清冽「ふでのしがらみ』のうちな福士川,口碑によると、 花輪に多かった鍛冶屋は福士川の水を使って発達した、 とも伝えられる。
鹿角市史 第4巻 (0366)

花輪下夕町では、 福士川の水で飯を炊けばアメニクイ腐りにに)といい、 握り飯を作るときは福士川に水汲
鹿角市史 第4巻 (0159)

花輪では東山赤坂付近の苗代池や、 福士川の水を造成した池に引き入れて天然の氷が作られていた。,福士川の場合、 池には屋根をかけ側面はカヤで覆ってはあったが、 雪が降れば雪を払い、 風が吹いて
鹿角市史 第3巻 下 (0014)

日大湯川の大洪水(昭和10年)(「思い出のアルバム」から)大湯の大洪水(浅井小魚のスケッチから)花輪福士川決壊
鹿角市史 第1巻 (0033)

一四四〓淡水魚…一四四〓トミヨ一四四〓ヤマメ、 イワナ…一四六〓蛇沢湿原のハッチョウトンボ…一四六〓福士川
鹿角市史 第1巻 (0307)

御休堂遺跡(鹿角市教育委員会)〈所在地〉鹿角市花輪字陳場一八の一二〇・二一(遺跡の概況〉米代川の支流福士川
鹿角市史 第4巻 (0852)

六日あたりに近きに出て見ありければ、 福士川といふ清き水、 毛馬内ノ筋より入るかたに流たり、 水上,そも〳〵此福士川は、 幸稲荷のみたらし河にて、 いと〳〵清く、 かゝる水もまれなるものか。
鹿角市史 第3巻 上 (0217)

の橋流失三四・月日不詳大湯大橋、 洪水で流失三四・一二・二四大湯小学校全焼二六・七・二〇大雨、 福士川氾濫
鹿角市史 第4巻 (0603)

若者たちが各家からワラを集め、 道路端の栗の木にひっかけて大きな太綱をより、 福士川を挟んで勇壮な
鹿角市史 第2巻 上 (0298)

それが次第に八正寺林まで延長されやがて福士川と合して延長八キロにおよぶ大用水路となった。
鹿角市史 第4巻 (0116)

沢から流れだす川は盆地中央で大湯川、 小坂川、 間瀬川、 不動川、 福士川、 熊沢川、 夜明島川
鹿角市史 第1巻 (0119)

〓花輪市街地を東西に横切る産土神断層(福士川沿い)の南側は、 北側に対して五〇メートルほど隆起したため
鹿角市史 第5巻 (0299)

七·二〇大雨、 福士川氾濫し花輪袋丁、 組丁、 横丁など浸水し川の状態となる。
鹿角市史 第1巻 (0229)

岡岡岡岡岡岡岡岡田神神神神屋鹿角市花輪字猿ケ平〃花輪字案内〃花輪字案内〃花輪字陣場〓〃花輪字陣場花輪字陣場〃花輪字陣場花輪字福士川
鹿角市史 第3巻 下 (0290)

しとの回答があったため、 やむなく一二年一月開設区域を延長し「南、 舟場町大堰橋より北、 組丁福士川橋
鹿角市史 第5巻 (0257)

年二月盛岡大火千二百余戸を焼失するこの年大島高任藩命により小同坂銀山を開発する三本木新田の検地七· 四花輪福士川出水陣場
鹿角市史 第5巻 (0321)

この年 鹿角郡救農土木費約二〇万円にのぼり、 花輪町の福士川改修、 柴平村の県道小枝指寺坂間改修、
鹿角市史 第4巻 (0126)

支流に大湯川、 小坂川、 熊沢川などの大川があり、 中小の河川としては間瀬川、 不動川、 福士川
鹿角市史 第5巻 (0351)

三月 県農村工業奨励規則を定む一 ·花輪市日開設区域を延長し、 南舟場町大堰橋より北組丁福士川橋
鹿角市史 第5巻 (0425)

四·二五米代川·福士川·大堰クリーンアップ行わる。
鹿角市史 第4巻 (0098)

げられ、 八正寺の開田が進められていき、 次第に町裏を延長されて、 やがて東側の山から流れ下る福士川
鹿角市史 第1巻 (0592)

柴内館から乳牛館・妻ノ神館までの間や、 花輪市街地の東側台地-天戸森先端部から黒土館・花輪古館、 福士川
鹿角市史 第3巻 下 (0222)

この土木工事により花輪町の福士川改修、 柴平村の大湯県道の内小枝指寺坂間の改修、 毛馬内町では大湯川集守
鹿角市史 第3巻 下 (0643)

県環境白書(昭和六三年度)によると、 米代川水系河川における測定三六地点のうち、 福士川だけが環境基準
鹿角市史 第4巻 (0452)

米代川の舟運鹿角盆地にはその中央を流れる米代川をはじめ、 大湯川、 熊沢川、 福士川などの河川が
鹿角市史 第2巻 上 (0387)

右の伝説に花輪臥牛大寝の鍛冶が登場していることは、 花輪の鍛冶は福士川の清流を利用して日向屋敷一帯〓
鹿角市史 第5巻 (0424)

を経て津軽湯の沢に至る区間が国道二八二号線に昇格となった鹿角新報六· 七米代川·福士川堤防
鹿角市史 第4巻 (0182)

花輪では町踊りのドッコイショの歌詞にもあるように、 良質の水が福士川から得られ、 染物業を支えていた
鹿角市史 第2巻 上 (0458)

福士川の清冽な流れに心を打たれ「此の里の紫根染も茜根染も取わけ色のよいのは、 此の川水で染めるからだとの
鹿角市史 第3巻 下 (0227)

右のうち合の野耕地整理組合は昭和二年四月の起工式、 初年度は赤面平約五町歩の開田とし、 福士川の河底書通工事
鹿角市史資料編 第8集 (0021)

七日一、 同断ニ付福士川縁より福士江相懸り、 夫より小深田村江廻る。
鹿角市史 第4巻 (0851)

六日に福士川近辺をめぐったが、 その後の文は欠けている。
鹿角市史資料編 第6集 (0087)

双方願之通被仰付十二月廿二日申達十日一、 今日便り有之此間之返書申越一、 御同心忠吉親熊谷甚八先年御知行所福士川添白山明神社内江願上杉千四百本植立仕候処其後御替地
鹿角市史資料編 第8集 (0146)

〓外)福士川出水陣場之坂橋流失下夕町橋既ニ危し同所土手境多四之裏より破れ砂森ハ水一たりも不通、 クリ
鹿角市史 第5巻 (0572)

〕桧山平沢(平津沢)平間田〔岩手県〕平元(村)昼森沢冷川冷水フ深(沢)〔八〕深沢〔尾〕福岡〔岩手県〕福士川
鹿角市史 第5巻 (0560)

ひらもとむかいたいひらもとやちなかふかさわふくしふくしがわふじばながねふた平元向平, 平元谷地中, 深沢, 福士, 福士川
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