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鹿角市史 第2巻 上
(0051)
である『雑書』の正保三年(一六四六四月晦日条に「鹿角花輪之比内境論地之義に付て、 塩谷民部より花輪郡代
米田四郎兵衛
波岡勘解由左衛門方,に状を付」とあり、 また『系胤譜考』桂七郎兵衛政令の譜には「慶安二年正月十一日鹿角花輪郡代
米田四郎兵衛
跡役仰付
鹿角市史 第2巻 上
(0241)
雑書』慶安元年(一六四八)三月三〇日条に「鹿角尾去山七曲りノ金山論地ノ由比内より波岡勘解由左衛門・
米田四郎兵衛
所,翌三年三月、 花輪城代
米田四郎兵衛
が江戸登りを命ぜられ、 代って城代となった目時勘太夫も数日の後には
鹿角市史資料編 第34集
(0054)
委細国元より証拠人共為呼登可為申上旨被仰遣、 扨早々罷登候様ニと御国元へ被仰遣候事一同月廿一日望月長兵衛
米田四郎兵衛
小枝指亦左衛門波岡勘,慶安四年二月六日迪不参事慶安四年卯二月六日御会所へ双方罷出、 比方よりは松岡藤右衛門美濃部甚右衛門
米田四郎兵衛
望月長兵衛目時勘太夫五人罷出候
鹿角市史 第2巻 上
(0519)
正目時源太夫原田六郎兵衛雑書・寛文一一・正・六同一二・五市川新右衛門原田六郎兵衛同・同一二・五・延宝二・三市川新右衛門
米田四郎兵衛
同
鹿角市史 第5巻
(0064)
三·一九花輪城代
米田四郎兵衛
江戸へ登り、 目時勘太夫花輪城代を命ぜられるも数日後江戸登りとなる
鹿角市史 第2巻 上
(0245)
勘太夫は正保三年四月に太田縫殿助と代わり、 その翌年縫殿助は
米田四郎兵衛
に代わっている。
鹿角市史 第2巻 上
(0058)
慶安三年寛永一二年の誤り)の頃から城代一本御郡代として目時勘太夫、 野田内匠、 波岡勘解由左衛門、
米田四郎兵衛
鹿角市史 第5巻
(0617)
米田伊助米田伊兵衛米田金右衛門米田金兵衛3上413上1533上434 3下4773上428 · 434米田慶次郎
米田四郎兵衛
米田善次郎米田
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