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鹿角市史 第2巻 下
(0433)
これに対して幕府は「一、 自今以後、
羽黒山
伏、 本山の霞場に住むべからず。,(中略)一、
羽黒山
伏、 大峰客峰の時、 本山方より補任を受くるべからず。,しかし実際には、 本山・
羽黒山
の山伏が同じ村に居住し奉仕する堂社もあったから、 貞享元年(一六八四,)には「
羽黒山
伏、 本山の霞場に住居するに於ては、 本山年行司之支配を受くべき事。,附、
羽黒山
伏、 自今以後、 旦那場を霞と称すべからざる事」との判決となった。
鹿角市史 第2巻 下
(0451)
鹿角の羽黒田庇角には
羽黒山
信仰の神田として羽黒田と呼ばれるものが、 大里村と柴内村にあった。,ことの起こりは、 南部領内の羽黒修験の由緒等の書上を整理するために
羽黒山
から派遣された花蔵院、 威徳院,(
羽黒山
の主張)柴内羽黒田は、 神田として
羽黒山
に寄進されたもので、 年貢として銀二〇匁を在庁に納
鹿角市史 第2巻 下
(0432)
さらに郡内全体は藩内の統轄者である惣録自光坊の支配下にあり、 羽黒派本山からは
羽黒山
寂光寺在庁雲林院,鹿角の場合も例外でなく、 羽黒派に属し
羽黒山
の支配を受けることになる。,ただ
羽黒山
の支配とは別に、 南部領内における宗派の勢力争い、 支配体制についての問題が生じている。
鹿角市史 第2巻 下
(0438)
さらには、 単に同じ
羽黒山
雲林院支配の花輪通の大里村明王院の管理する羽黒田と区別するために用いられたものであろうか,三人の連署で、 去年からの不作による配下山伏の困窮を救うため、 大蔵院、 慈顕院の二人が本山の
羽黒山
鹿角市史 第2巻 下
(0452)
(延享二年不動院それぞれの主張の根拠となるものは、
羽黒山
の場合、 この文書には直接見えないが、,大蔵院が折れて羽黒神田であるとして由緒書上〓『延享四年本末井分限御改帳』金万家文書)を書直し、
羽黒山
鹿角市史 第1巻
(0590)
可被仰付候六月廿九日信直判自福岡信直在庁坊人々御中柴内村にあった羽黒権現の神田に対して検地があったこととは不当であるとの提訴に対し、 信直が直々
羽黒山
在庁坊
鹿角市史資料編 第21集
(0009)
ケ野村甚助印同甚兵衛印同五軒屋村六助中村市右衛門殿乍恐奉願上候事私嫡坊智教坊儀当四拾五歳ニ罷城、
羽黒山
江入峯出世年限相済居候得共,依之奉願上候も恐多奉存候得共、 何卒以御憐愍当七月爰許出立、
羽黒山
江登山被仰付被成下置度奉願上候
鹿角市史 第2巻 下
(0434)
人山伏は
羽黒山
での修行。 道者の案内。
鹿角市史 第2巻 下
(0318)
三戸から
羽黒山
へ向うには、 当然鹿角を通過しなければならなかった。
鹿角市史 第1巻
(0393)
石野古墳群のマウンドわる文書によれば、 山形・
羽黒山
系の山伏が三光院と称し、 文永一牛(一二六五年
鹿角市史 第5巻
(0051)
同 同同柴内村羽黒田の検地につき南部信直と
羽黒山
在庁雲林坊との間に争いがあった。
鹿角市史 第5巻
(0243)
九· 八柴内村羽黒新山别当南光院、 羽州
羽黒山
に入峯諸御用留帳毛馬內雑書覚書毛馬內雑書覚書一一
鹿角市史 第5巻
(0167)
二·一八鹿角頭巾頭大蔵院、 慈顕院の二人が配下山伏の困窮を救うため
羽黒山
へ登る許可を願出る
鹿角市史 第5巻
(0055)
六· 七梅内大蔵院の
羽黒山
参りの伝馬証文に田子·関·大湯·毛馬内
鹿角市史 第1巻
(0669)
この文書は、
羽黒山
の在庁坊にあてて出されたものである。
鹿角市史 第2巻 下
(0454)
内容は、
羽黒山
本寺より元三大師の絵像を頂き、 慈顕院の寺内に祈祷場を建立し、 信心の者を集め(
鹿角市史 第2巻 下
(0435)
この二つを総合すると、 往古慈顕院は鹿角郡の尾去村蟹沢の海沼館に居住していたが、
羽黒山
に登り山伏
鹿角市史 第3巻 上
(0641)
神職になった元修験と、
羽黒山
本山との関係が全くとだえた訳ではなかったが、 神職への転向によって、
鹿角市史 第4巻
(0661)
れがあるとして規制され、 大正の終り頃には姿を消してしまった出羽三山信仰山形県東田川郡一帯にそびえる
羽黒山
鹿角市史 第5巻
(0138)
七·一一柴内村南光院、
羽黒山
へ入峯のため往来四〇日の御暇を願い出許される。
鹿角市史 第2巻 下
(0541)
津軽合浦里圭・羽ノ有来・越前行脚志月・はちたゝき空阿弥陀・河帯素道・和郷亭八風・森岡花詞・出羽素絢・
羽黒山
下山示
鹿角市史資料編 第2集
(0059)
白吹床御建方新規沢趣小屋建場処江御建成候一、 小赤沢江剪地御建方江御取懸り所々御普請ニ付大工人足御拂底一候、 四月廿日田郡慈性坊本山
羽黒山
江登山仕度
鹿角市史 第5巻
(0574)
能代能代川能代湊野尻野田〔岩手県〕野中堂野辺地〔青森県〕ハ
羽黒山
〔山形県〕長谷川(村)八戸八(鉢) 巻山八幡平
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