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鹿角市/鹿角市デジタルアーカイブ

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鹿角市史 第4巻 (0254)

たとえば大湯の下ノ湯は中風に、 上ノ湯は胃腸、 川原ノ湯は瘡や皮膚病に、 荒瀬ノ湯は神経痛や婦人病,共同浴場は湯小屋が建てられ利用された古い順に、 下ノ湯・上ノ湯・川原ノ湯・荒瀬ノ湯の四カ所がある。
鹿角市史 第4巻 (0276)

また大湯荒瀬では共同浴場の裏の大湯川沿いに小さな木造の祠と石碑があり、 御神体として自然石に丸い穴のあいたものが,荒瀬ノ湯は昔から子宝の湯とも呼ばれ、 薬師さんの石碑を拝み入浴すると、 体が温まり子宝に恵まれる婦人
鹿角市史 第2巻 下 (0384)

上の湯、 下の湯、 川原の湯のほかに、 すでに幕末から荒瀬の湯が開かれていたことは、 萬延元年,(上山守古・盛岡市中央公民館蔵にみえる、 「上ノ湯ハ下ノ湯よりハ余程遠し、 上ノ湯よりまた余程隔荒瀬
鹿角市史 第4巻 (0251)

)大湯下ノ湯文明年間(一四六九~八七川原ノ湯寛永年間(一六二四~四四上ノ湯万治年間(一六五八~六一)荒瀬
鹿角市史 第4巻 (0252)

また大湯・荒瀬ノ湯の浴場脇にある大きな石は、 湯にきた熊が腰かけて休んでいたものだといわれ、 ここも
鹿角市史 第4巻 (0270)

当時の大湯は家数百四十軒ほど四時「上ノ湯は下ノ湯よりハ余程遠し、 上ノ湯よりまた余程隔荒瀬ノ湯とて在之由
鹿角市史 第4巻 (0273)

大湯には下ノ湯・上ノ湯・川原ノ湯・荒瀬ノ湯の四つ、 湯瀬には下ノ湯・中ノ湯・上ノ湯の一刀所に共同浴場
鹿角市史 第3巻 下 (0459)

翌大正三年三月、 大湯村荒瀬での鹿角俳句大会には、 折柄教育会講師として来合わせていた芦田恵之助も
鹿角市史 第5巻 (0314)

大湯荒瀬に鹿角俳句大会開く。 芦田恵之助出席。
鹿角市史 第5巻 (0601)

北秋田郡〕兄川(山)(村)〔岩手県〕兄畑〔岩手県〕雨池尼切沢甘蕗(村)荒川鉱山〔仙北郡〕荒川村〔小坂町〕荒瀬荒瀬
鹿角市史 第3巻 下 (0392)

同紙は、 旅館等を紹介し、 上の湯に千葉旅館、 下の湯に亀屋旅館、 川原の湯に高島旅館、 荒瀬
鹿角市史 第5巻 (0422)

鹿角新報同鹿角新報広報かづの同六·二二花輪佐久ビル跡にパークホテル鹿角が落成した七·一九大湯温泉荒瀬公衆浴場
鹿角市史資料編 第29集 (0078)

出候膽林石片馬老拝片馬頂キ申度二て、 赤沢より門七呼出近日中右品為取差遣可申旨申達遣候七月五日一、 秋田荒瀬村友之助廿弐才
鹿角市史 第5巻 (0277)

この頃 大湯町荒瀬に初めて温泉浴場が設けらる。
鹿角市史 第1巻 (0440)

秋田県北部のいずれかの地と考えられ、 吉田東伍博士は「北秋田郡阿仁の近傍に荒瀬という地あり。
鹿角市史資料編 第26集 (0039)

より拾弐匁位迄一、 口銭拾匁ニ付三合一、 庭銀壱俵二付壱合右之通聞書写米出處大概津軽領一、 遊佐荒瀬苅川中川櫛引京田牧船法之義遂吟味候處船頭申出口上書
鹿角市史 第5巻 (0558)

村下, 谷地中, 山谷, 和田いっぽんぎいっぽんぎうしやちなかやまやわ だ赤川, 集宮, 荒瀬
鹿角市史資料編 第24集 (0023)

右之趣大阿仁小阿仁村々肝煎共江其方より可申渡候右可申達如此ニ候、 以上八月十六日志賀文五郎大阿仁荒瀬村肝煎殿小阿仁鎌
鹿角市史 第5巻 (0592)

村)熊沢(温泉)熊沢(村)熊沢硫黄山〔八〕熊沢川 〔八〕熊沢山 〔八〕熊取(沢)(平)〔大〕熊ノ湯(荒瀬
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