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鹿角市/鹿角市デジタルアーカイブ

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鹿角市史 第4巻 (0264)

第五章温泉とくらし第4図昭和初期の蒸ノ湯温泉良くなったが、 同四十八年五月十二日に地すべりが発生し、,杉村楚人冠は昭和九年に八楚人冠の湯治幡平に登り、 トロコ温泉で落馬して湯瀬で外傷を治療し、 次の年には蒸ノ,湯を訪れている。,(中略)蒸の湯といふのは、 海抜四千尺の高さにある舊噴火口の跡に出来た、 世にも珍しい温泉場である
鹿角市史 第3巻 下 (0397)

八幡平の観光コースは、 当時谷内から坂比平-蒸の湯-頂上-後生掛-又一-鹿湯(玉川)と探勝するのが般的,阿部村長宅まで向かい、 「種ゟ御馳走をなし且つ道案内及び荷物負の手伝者として阿部定吉、 同重次郎の両氏を蒸の,湯まで遣はして下さった」秋田魁、 大六・八・一三付一とし、 同一〇年九月鹿南焼山巡り隊一九名には「,阿部藤助所有の蒸の湯温泉はいわゆるオンドル式の地熱に特徴があり、 岩手・秋田・青森に加えて北海道から,その蒸の湯温四年泉には名物の金勢大明神が鎮座し、 夏は毎晩各地の民謡合戦や盆踊りが繰り広げられる賑わいを
鹿角市史 第4巻 (0045)

三湯瀬温泉…七四〓湯瀬村コ、 近世の湯瀬、 近代の湯治四八幡平温泉郷…………七八〓蒸ノ湯温泉蒸ノ湯
鹿角市史 第3巻 下 (0406)

同三五年玉川、 大深、 後生掛、 蒸の湯、 藤七の各温泉は「八幡平温泉郷」として国民温泉の指定,また三七年トロコから蒸の湯に至る八キロメートルの、 秋田県初の有料道路が総工費一億円で完成、 八幡平樹海,四六年にはその道路は蒸の湯から頂上をめざし、 岩手県と結ぶ有料道路に延長「山明治岳起伏多ク巨万ノ金額
鹿角市史 第4巻 (0262)

四、 八幡平温泉郷〓蒸ノ湯温泉蒸ノ湯マタギが熊を追っていて発見したという言い伝えをもつ蒸ノ湯温泉は熊沢
鹿角市史 第4巻 (0265)

蒸の湯などゝ稱しながら、 湯に浸るのでない。,蒸ノ湯でひと夏湯治をすればその冬は決して風邪を引かぬといって、 鹿角の人たちはそれを大きな楽しみとしていた,〓後生掛温泉安生掛温泉は御所懸、 御所之湯とも呼ばれ、 蒸ノ湯などと同じ頃に硫黄山として開発されたといわれている
鹿角市史 第3巻 下 (0398)

阿部藤助と花輪営林署の熱心な宣伝開発によって、 蒸の湯の浴客に限らず八幡平踏破の登山者が年毎に多くなっていった,藤助は「俺には蒸の湯だけが残ればよい」として私財を惜し気もなく放出した。,同二年には陸中花輪駅長主催の奥羽アルプス八佃平探険があり、 阿部藤助宅で準備、 頂上・蒸の湯(一泊
鹿角市史 第4巻 (0015)

昭和20年代の湯瀬ホテル大湯温泉湯瀬溪谷・獅子淵〓瀬倶築品蒸ノ湯温泉の湯瀧「大日本職業別明細図・秋田県
鹿角市史 第4巻 (0263)

岩手方面より参り候て参百人も有之節もアルト申事」とあって、 明治の末頃には六月から九月にかけて、 蒸ノ,湯に大勢の湯治客が集まっていた。,また昭和三十七年にはアスピーテラインが開通して交通の便が第2表蒸ノ湯温泉湯治客の内訳(明治三十八年六月分
鹿角市史 第3巻 下 (0396)

広範囲に知れ渡っていっ明治三九年頃、 花輪の宮城佐次郎(七頃、 花輪の宮城佐次郎(杉)がたまたま蒸の,湯に湯治した折、 付近一帯を踏査して八幡平高原の絶杉景に感嘆し、 それを文筆で紹介したのが八幡平が,温泉地として地元新聞などに登場してくるのは大正に入ってからで、 同四年の秋田魁新報には湯瀬温泉と共に蒸の,湯温泉・赤川温泉・銭川温泉が紹介されている。
鹿角市史 第3巻 下 (0405)

大正一四年から昭和七年まで蒸の湯温泉支配人となり、 その後玉川温泉に格別の傾倒をして『世界の奇蹟・玉川温泉,翌二七年三月冬山を愛好されたスキーの宮様高松宮殿下が蒸の湯の新設ヒュッテに二泊され「くまげら山荘」と命名
鹿角市史 第4巻 (0277)

中でも蒸ノ湯の金勢神社は以前は全国的に著名で、 毎年六月十三日の祭には、 知恵をしぼった仮装行列や,蒸ノ湯のほかに後生掛、 赤川、 澄川などにも金勢神社や石祠が祀られており、 木製や石作りの金勢神
鹿角市史 第3巻 下 (0652)

しかし、 工事が遅れようやく三七年六月一日にトロコから蒸ノ湯八キロメートルの秋田県初の有料道路が完成,その後も観光道路として玉川温泉から田沢湖まで、 蒸ノ湯から八幡平頂上までの工事が行われた。
鹿角市史 第4巻 (0078)

一七〇第2図昭和初期の大湯温泉(下ノ湯近辺)…一七三第3図昭和〓年代の湯瀬温泉…一七五第4図昭和初期の蒸ノ,湯温泉一八(第5図昭和〓年代の後生掛温泉…一八一第6図銭川温泉の薬師神社…一八四第7図『両鹿角扈従日記,かれた大湯下ノ湯…一八七第8図大沼の地熱発電所…一九七【表】第1表鹿角の主な温泉とその効能…一六九第2表蒸ノ,湯温泉湯治客の内訳(明治三十八年六月分)…一七九第二編第一章毎日のくらし第一節衣生活【写真・図】第1図
鹿角市史 第4巻 (0251)

四四上ノ湯万治年間(一六五八~六一)荒瀬ノ湯万延元年(一八六〇)湯瀬下ノ湯享保十六年(一七三一)○八幡平蒸ノ,湯寛文十一年(一六七一)後生掛ノ湯延宝九年(一六八一)銭川ノ湯寛政十年(一七九八)焼山延宝九年(一六八一
鹿角市史 第3巻 下 (0399)

花輪営林署は冬季スキー登山の案内役として観光に貢献していたが、 陸中花輪駅も同六年駅長等で八幡平・蒸の,湯の宣伝のため、 大館・早口・二ッ井・能代・岩館・深浦・鰺ケ沢・五所川原・弘前・大鰐と車二台で宣伝ビラ,一万枚を撒いたり(鹿角時報、 昭六・六・一五付同八年旅行スタンプに八幡平の蒸の湯を図案化して駅に備えつけた
鹿角市史 第3巻 下 (0659)

翌年、 八幡平樹海ラインの開通にともない秋北バスは、 八幡平蒸の湯線の運行を開始した。
鹿角市史 第4巻 (0209)

また南部の八幡平山岳地の蒸ノ湯・焼山・後生掛近辺では、 早ノから硫黄が採掘されていた。
鹿角市史 第4巻 (0252)

猟れらの温泉にはそれぞれ発見伝説が伝えられており、 たとえば蒸ノ湯は、 マタギ)が手負いの熊を追っ
鹿角市史 第4巻 (0074)

の玉川温泉…「大日本職業別明細図・秋田県」(昭和初期)から昭和〓年代の湯瀬ホテル…湯瀬渓谷・獅子淵…蒸ノ,湯温泉の湯瀧(衣・住)花輪尋常小学校一年生の児童たち(大正九年)……明治末のオキガタの家族…一明治末よそ
鹿角市史 第4巻 (0282)

八幡平温泉郷は蒸ノ湯、 後生掛、 玉川などそれぞれの特色を生かして、 湯治や身体保養と八幡平観光
鹿角市史 第3巻 下 (0186)

花輪・小坂間、 花輪・大湯間、 花輪・谷内間、 花輪・曙間、 毛馬内・大湯間、 花輪・蒸ノ,湯間、 小坂
鹿角市史 第3巻 上 (0363)

一件は蒸ノ湯において柴五〇把を一九年中の入湯人の焚料として、 もう一件は熊沢硫黄山の小屋ノ下タにおいて
鹿角市史 第4巻 (0143)

なお八幡平の蒸ノ湯、 玉川など山の温泉地で豪雪に見舞われるところでは、 客の来ない冬場は雪囲いをしたあと
鹿角市史 第2巻 下 (0381)

沼宮内松川田名部下風呂花輪熊沢右三ケ所湯治御暇願上候而も不被下置候事、 御定目帳ニ有之也として、 花輪通熊沢温泉(蒸の,湯)など三カ所を湯治先に加えないと定めている。
鹿角市史 第3巻 上 (0331)

本来郡南宮川村を広く潤すべき筈の熊沢川は、 焼山と蒸ノ湯付近の硫黄鉱山開発にともなう毒水を含むことによって
鹿角市史 第4巻 (0102)

また明治の初めに開・れた熊沢硫黄山が熊沢川の水質を悪化させたため、 新たに谷内用水が改修されて、 蒸ノ,湯の裏から水を引き、 江戸川を増水させて、 水沢・谷内へと流している鉱業・鉱山町弘山開発伝説は別にして
鹿角市史 第4巻 (0272)

湯治先としては大湯が多く、 湯瀬・蒸ノ湯は少ない。
鹿角市史 第4巻 (0656)

蒸ノ湯では子宝を願う金勢講の人々が集まり、 「奉納金勢大明神、 子孫繁栄、 家内安全」と書いた幟
鹿角市史 第5巻 (0650)

北野鉄山) 2上364重五郎(鍵持)2上524十(重)三郎(毛馬内村)2上210· 211重太(蒸ノ,湯湯守)2下347 4178周徳(大湯町医生)2下255 · 453重之助(谷内村)2下160
鹿角市史 第5巻 (0533)

;粟ヌカ米屋御免地高籠屋子安講御用銅→長崎御用銅仔分け権現信仰権現舞混食→カデ飯金勢信仰金勢神社 [蒸ノ,湯]金比羅参り紺屋紺屋灰4207 · 2171387 · 602 · 609
鹿角市史 第5巻 (0572)

岩手県〕平元(村)昼森沢冷川冷水フ深(沢)〔八〕深沢〔尾〕福岡〔岩手県〕福士川〔花〕袋町(丁)〔花〕蒸ノ,湯(更野湯)臥牛藤ノ岱〔大〕藤原〔小坂町〕2上3533下4842上7193下3324366ニタ渡〔小坂町
鹿角市史 第5巻 (0509)

平入平元大太鼓平元小学校広川屋フ蕗吹方·吹出し·吹立吹金吹床吹屋複写器蒸の湯温泉扶持方不仕付高
鹿角市史 第5巻 (0592)

6802下341 ·347 · 348 3上174 4168 · 178→蒸ノ,湯2上235·240· 241 · 252· 589 ·
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