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鹿角市/鹿角市デジタルアーカイブ

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鹿角市史 第4巻 (0206)

このときにも「谷地田町より高砂費用ヲ弐十円トナシタルコトヲ通知相成」地田町から働きかけのあったことが分,谷地田町の屋台について、 明治初期の記録がある。,明四二・八・三〇)云々とあり、 谷谷地田町屋台一、 一の谷大序堀川御処段一、 鐘巻道成寺所作の事一,同花田栄次郎一、 雛鶴三番叟同工藤留五郎東京新下り若者ぶし同花田栄次一、 雛鶴三番同工藤留五一同付屋台谷地田町屋台一,月岡芳年の錦絵にヒントを得て作られた谷地田町の山車は左手に持った弓の先端に金鷄の輝く神武天皇の人形の首
鹿角市史 第4巻 (0205)

郷社祭典は毛馬内の月山神社祭典と隔年に行われ、 豊年のときには「豊年祭」と称し、 谷地田町が呼びかけていた,六日町協議録』によると「谷地田町ニ於て軽く屋台を出し趣とて明三二・通知旁々同意を促し来り」)などとみえる,またシャギリ七・二〇と呼ぶ高砂の翁、 〓は大町・谷地田町・六日町の三町内輪番で出し第15図シャギリ
鹿角市史 第3巻 上 (0216)

また火災予防組合規則公布に伴い、 六日町・谷地田町では四二年四月から、 夜一〇時から翌朝二時まで三回巡回,鹿角では花輪町の内、 六日町、 谷地田町、 大町、 新町が指定された。,大火後の六日町、 谷地田町では影響をうけたと思われるが、 花輪における対応は明らかでない。
鹿角市史 第3巻 下 (0021)

曙婦女会(婦人会)創立記念(大正9年10月)(石井氏提供)〓イ花輪谷地田町の勒労報国隊の人々(「思い出
鹿角市史 第4巻 (0174)

その町並は鹿角街道に沿って新町・大町・谷地田町・六日町と、 ほとんど直線状に約千メートルにわたっている,谷地田町は本町とも呼ばれ、 六口町にかけての町裏が寺小路となっていた。
鹿角市史 第2巻 上 (0319)

二・一九大里村鍛冶屋より出火(軒数不明七・一九花輪横町二六軒焼失七・一九花輪横町二六軒焼失五・四花輪谷地田町二四軒焼失
鹿角市史資料編 第4集 (0058)

帰り候砌谷地田町源太江立寄妻連帰り介抱茂得申度同人前ニ而足を留申処氷ニ而すべり蔀江ころびこわし申候早速申訳挨拶,寄木村江住居替被仰付候旨申達繕御同心下川原申蔵附添今日立越苗字刀御免関勘助江被仰渡其方儀去ル二日之夜過酒いたし谷地田町源助蔀
鹿角市史 第5巻 (0063)

七·二〇花輪で喧嘩し相果てた谷地田町四五右衛門、 玉内村与七郎両人家財欠所となる。,一二·二八花輪谷地田町の家数四六軒焼失す。
鹿角市史 第3巻 上 (0379)

花輪の町並み花輪の町並みは鹿角街道に沿って細長い形に発達し、 上手から六日町・谷地田町・大町・新〓と,長年寺この町並みも三八年五月二七日の大火で、 新田町・舟場の大部分、 六日町の全部と谷地田町の一部
鹿角市史 第2巻 下 (0073)

検断については、 『雑書』慶安四年(一六五一)九月二三日の条に「花輪之内谷地田町検断喜左衛門、 當月廿日之晩走候由,花輪の検断について若干の推移をたどると、 天明三年「谷地田町儀兵衛、 新町武兵衛、 横丁源助」、
鹿角市史 第2巻 下 (0050)

『雑書』同年九月二二日条に「鹿角の内花輪谷地田町より廿日丑刻火事出来、 家数弐拾四間、 大町家数拾壱間,また慶安元年(一六四八)一二月二四日丑の刻、 谷地田町嘉兵衛宅から出火し家数四六軒を焼亡したことも記
鹿角市史資料編 第12集 (0072)

十一月廿三日八ツ時寒二入一、 先達而谷地田町若者共之騎馬丁ちん八ツ、 六日町より二ツ、 大町より,二ツ借上ケ候処、 谷地田町二ツ、 六日町一ツ、 大町一ツ、 都合四ツ紛失ニ付、 右四ツ代銭ニ
鹿角市史 第4巻 (0871)

田村政四郎(明治二十四年花輪谷地田町生れ没年不詳没年不詳)/花輪囃子の笛の名手として知られた人で、
鹿角市史 第2巻 下 (0152)

一、 熊谷斉七一、 小深田久治一、 新町源蔵一、 関園右衛門様家代清兵衛一、 湯屋治助谷地田町小十一一
鹿角市史 第4巻 (0197)

明治四十一年、 六日町では谷地田町と共同で火災予防組合を組織し、 午後十時から翌午前二時までの三回巡視
鹿角市史 第4巻 (0207)

(〇・一〇・一三横町二万五千円新町七万五千円入町約一〇万円旭町約一〇万円谷地田町約二〇万円六日町約一三万円舟場町約七万円
鹿角市史 第2巻 下 (0253)

天保五年(一八三四)花輪谷地田町関治兵衛妻の葬列次第は次のようになっている(「忌中附留帳』・『花輪町忘編纂資料第一号
鹿角市史 第5巻 (0295)

長年寺角を境に南へ魚類六三間、 その他商品南はずれ迄一二二間、 下モ市は新町九三間が魚類、 大町谷地田町二四四間
鹿角市史 第5巻 (0117)

宝永七三月 幕府諸国に巡見使を派三 · 二三花輪谷地田町出火、 家数四軒焼失す。
鹿角市史 第2巻 上 (0609)

一、 花輪通三ツ矢沢御境附御山の内法の角ケトの沢両銅山元文三年十二月見立花輪町谷地田町佐治兵衛一、
鹿角市史 第3巻 上 (0218)

三八・五・二七花輪町で大火、 新田町、 舟場通、 六日町、 谷地田町に類焼、 長年寺角で鎮火
鹿角市史 第5巻 (0101)

一二·一九花輪谷地田町彥平、 秋田領で馬を盗みし郷右衛門に宿かした罪状で牢前斬罪に決まる。
鹿角市史資料編 第6集 (0045)

御用使水宰領不寝番夜廻り一、 御先拂弐人一、 遠見壱人一、 御官所詰弐人一、 辻堅メ新田町角壱人一、 谷地田町
鹿角市史資料編 第6集 (0120)

一、 三百廿四文沢口辰平三十弐文谷地田町茂助〆五貫九百十六文内三百文懸り筆墨紙料引而五貫六百十六文上納一
鹿角市史 第2巻 下 (0633)

釋儀勇正定専正寺江葬谷地田町與兵衛子仁太郎顕道良忠居士長泉寺江葬荒木田政治郎源保定忠道真義居士龍江寺江葬佐々木六助源綱盛忠山義弘居士圓徳寺江葬村山簾治源重明
鹿角市史資料編 第7集 (0147)

同十五日三斗長嶺与助二五十五人十日分、 十一月五日弐斗四升三ケ田左助二五四人三十日分一、 同十七日弐駄片馬谷地田町御救二五
鹿角市史 第5巻 (0160)

私売買を禁じるこの年領内遠野通浜上口銭反対の一揆起こる四·一四熊沢焼山硫黄山、 昨年より山師谷地田町与右衛門稼行
鹿角市史 第5巻 (0167)

二·二四花輪谷地田町与助不行跡にて宿老検断等町方取同同同151
鹿角市史 第4巻 (0171)

これら在町は花輪・毛馬内では御町といわれ、 花輪では横丁・新町・大町・谷地田町・六日町と、 鹿角街道
鹿角市史 第2巻 上 (0280)

○同六年三月花輪谷地田町小兵衛は去年秋田大館の曲師から同人兄の細工した贋金三八両を頼まれ、 三戸へ持参
鹿角市史 第2巻 下 (0053)

内新田町二〇一九六日町六三五五谷地田町九四六三沢口一七二四大町四〇二九中町-四六新町三七三六関向四一四三袋町六一五横町四一一一横丁四二二九今泉一六一四中小路九一三川原町三一二三小清水上三
鹿角市史 第4巻 (0761)

にある本殿から、 先祓を先頭に神官や氏子総代に守られ、 十数胴の大太鼓を従え町内を巡行して、 谷地田町
鹿角市史 第4巻 (0766)

ノヤギリは、 かつて谷地田町・六日町・大町が輪番で出していた高砂の屋台についた囃子である。
鹿角市史 第3巻 下 (0626)

日曜通園センターを開設したり、 谷地田町の個人宅を仮施設として障害児のための活動を行っていた。
鹿角市史 第5巻 (0402)

典十和田町報北鹿新聞同一〇·十和田町堀内に十和田養鶏組合の養鶏団地落成同一一 ·二四花輪谷地田町住宅店舗二棟土蔵三棟
鹿角市史 第5巻 (0109)

伐雑書られたことを報告せず山見役を取り上げられた同一二 · 二二小平村長兵衛、 先頃花輪谷地田町次郎八
鹿角市史 第5巻 (0114)

五 ·一花輪谷地田町より出火、 家数二二軒焼失する。
鹿角市史 第2巻 上 (0712)

)安永六年四月一四日花輪熊沢焼山硫黄山を一カ年九両の御礼金で去年より三カ年、 山師谷地田町与右衛門に
鹿角市史 第2巻 上 (0718)

その他)享保一二年根市村助右衛門が大湯山ノ内悪谷小又立又御山を見立てた(『諸山開立年限附』)○元文三年谷地田町佐次右衛門
鹿角市史資料編 第10集 (0043)

七拾弐文大町利助、 三百文盆坂善四郎一、 弐百文盆坂皆平一、 五十文盆坂専助、 三十弐文谷地田町茂助
鹿角市史 第3巻 上 (0215)

花輪六日町・谷地田町では両町内共同して夜廻組合を結成し、 三一年四月一五日から夜廻当番四戸一組が夜一
鹿角市史 第5巻 (0223)

諸用書留帳三·二二花輪町谷地田町小兵衛、 秋田大館の曲師なる者からその兄細工の贋金を頼まれ
鹿角市史 第5巻 (0059)

九 · 二〇花輪谷地田町二四軒、 大町一一軒焼失す。
鹿角市史 第5巻 (0072)

狐平新田同へ二家族、 こふかた村へ一家族、 花輪横町へ一家族、 用之目村へ一家族、 花輪谷地田町
鹿角市史 第5巻 (0293)

秋田銀行八十年史尾去沢鉱山山史適産調四·一五花輪六日町·谷地田町両町共同の夜廻組合
鹿角市史 第5巻 (0372)

六·花輪町通りの県道拡幅が進行し、 ようやく大町から谷地田町へかけ七メートル道路が完成した
鹿角市史 第5巻 (0171)

熊沢硫黄山御手山となり、 花輪谷地田町十兵衛同支配人を仰せ付けられた。 155
鹿角市史 第5巻 (0200)

同八·一二花輪谷地田町吉五郎の行跡が御町の秩序平穏を乱すとの理由で代官限りの権限で追放を決めた
鹿角市史 第5巻 (0203)

同同御用扣雑書一二·二八花輪代官により花輪中町友八同谷地田町勘助長嶺村市郎兵衛の行跡宜しからず
鹿角市史 第4巻 (0194)

花輪町では谷地田町が一区・二区に分割されたり、 文化が六日町から独立するなど、 町内の再編があった
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