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鹿角市/鹿角市デジタルアーカイブ

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鹿角市史 第3巻 上 (0068)

凹鹿角の所給人らへ御暇申渡しのため、 家老野田丹後、 付添役目付萩原勇馬、 楢山蔵之進の一行が毛馬内,当日は仁叟寺において野田丹後から給人・役医へ、 目付から御境古人以下への申渡しがなされている。,『あつめくさ』には、 旧五月二〇日花輪へ出向いたところ、 野田丹後ら諸役人がおいでの積りで花輪・長年寺
鹿角市史資料編 第30集 (0124)

廉被在之、 且奥羽同盟ノ列藩謝罪相願候趣由来、 旁此方ニテも右ニ准し申出候含ノ事九月十九日一御近習頭野田丹後御近習頭野田丹後両鹿角為御警衛出張今日出立被仰付
鹿角市史資料編 第1集 (0091)

け罷り帰り出立致し候佐渡方儀御用これ有り立帰仰せ付けられ今日出立致此段為御心得右得御意以上九月廿六日野田丹後九月廿七日
鹿角市史資料編 第12集 (0052)

、 楢山佐渡様野田丹後様御連名之御封状御官所より届御役所江上ル右御返書御官所江御頼、 御使者立山専弥,、 野田丹後様より之御封状来御役所江さし出、 右御返書御官所江御頼遣、 尤御物書阿部忠右衛門殿江俊平
鹿角市史 第2巻 下 (0613)

九月二〇日未明、 盛岡から藩主の直筆書を持った急使野田丹後が到着した。
鹿角市史資料編 第19集 (0142)

野田丹後様於琴様聖寿寺江御佛参被遊。
鹿角市史資料編 第1集 (0111)

付御供左之通御家老同同御用勤御用人安宅正路殿目時隆之進殿遠山合殿御用人御家老御用勤御近習頭御用付東中務野田丹後富田哲寺社町奉行御目付御目付同尾崎富衛七戸集之進小田貞治御目付花巻御給人御目付同佐藤昌蔵多賀左市藤根直記御勘定奉行御納戸同供頭田鎮隣蔵工藤左市郎太田平市御徒目付御乗役同荒木田金弥菊地富弥奈良駒之肋
鹿角市史 第2巻 下 (0619)

花輪へ楢山佐渡、 三戸式部、 野田丹後が出張し代官所に宿陳するので、 仮官所は関村貞衛宅に移るなど
鹿角市史資料編 第30集 (0132)

御目付工藤繁記口達二御座候御徒五日市市兵衛御供名面左之通二男名不知八才ノよし安宅正路目時隆之進遠山合東中務野田丹後此子共色々
鹿角市史 第3巻 上 (0065)

旧四月南部旧領の諸帳簿は、 六月四日(〓)南部家家老野田丹後・戸来楽眠により各権知県事へ引渡された。
鹿角市史 第3巻 上 (0069)

五月右の通り御家老野田丹後様、 御目付楢山蔵之進様、 荻原勇馬様、 御徒目付様井びに毛馬内御代官太田郡左衛門様
鹿角市史資料編 第12集 (0078)

賊徒降伏ニ付当金穀を以実効相立度歎願之筋有之、 申出之通申付候得共更ニ不及其儀候間奥羽総督府東中務殿野田丹後殿相下
鹿角市史 第2巻 下 (0641)

六月(『出陣日記』)この申渡しにより桜庭家中の者はすべて帯刀をやめ、 給人達も先月野田丹後の達によって
鹿角市史 第2巻 下 (0639)

はじめ九戸・閉伊など七郡が真田信濃守・戸田丹波守の取締るところとなり、 明治二年四月二四日南部家家老野田丹後
鹿角市史 第2巻 下 (0640)

五月一四日、 家老野田丹後が両鹿角出張を命ぜられ、 同一八日毛馬内着、 給人等に対し、 代々の
鹿角市史資料編 第12集 (0055)

付工藤快七罷出候処、 明日昼頃彦太郎殿御着ニ相成可申、 其節ハ町之入口江御出迎として御出被成候様野田丹後殿御達之趣
鹿角市史資料編 第1集 (0089)

一、 野田丹後様御家老御用承りにて花輪へ御着一、 御同心三上金助親大病につき相返す。
鹿角市史資料編 第1集 (0046)

不可入事取締方秋田小野崎三郎同十三日朝六ツ時中将様彦太郎殿御供三十人何れ茂無刀ニ而東京へ御登被遊御供人数左之通安宅正路目時隆之進遠山合野田丹後東中恐尾崎冨得七戸隼之進北田貞治佐藤昌蔵多賀佐市藤根直機田鑛隣蔵工藤佐市郎太田平市荒木田金弥氣田庄之亟菊池富弥奈良駒之助小保内宮司菊池庄次郎似鳥貫之助東京江明後十三日御登
鹿角市史資料編 第12集 (0019)

南部監物様御使者南部弥六郎様御使者南部主水様御使者毛馬内九左衛門様御使者南部左近様御使者永福寺御使者内掘若挾様御使者漆戸甚左衛門様御使者藤枝織之助様御使者奥瀬源助様御使者野田丹後様御使者右
鹿角市史資料編 第1集 (0057)

先立して菩提野江相廻穴堰見分暮七ツ時毛馬内江着ケリ翌日御館及御官所并市中共ニ引渡ケリ五月十四日御家老野田丹後殿盛岡
鹿角市史資料編 第12集 (0087)

御老中野田丹後中野舎人御連名也。 御奉書之文面御役所発し。
鹿角市史資料編 第1集 (0049)

ニし武亦宜津国風宜遠境といへとも能世を周旋し然し家士弱なり辰十一月東中務去る四日於東京加判御役被仰付野田丹後去
鹿角市史資料編 第12集 (0048)

一、 御家老御用承野田丹後様毛馬内通-沢尻江御出後同所江御廻り候田-江御出、 御宿陣吉田貞作宅江御使者岩館喜代治勤
鹿角市史資料編 第2集 (0116)

同十六日山神宮御祭礼ニ付角力興行有之候然れ共見物も余計不参候而例年よりハ淋しく候一、 同廿日花輪へ罷越候処野田丹後殿
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