• 機関トップ
  • 資料グループ
  • テキスト一覧
  • 年表一覧

鹿角市/鹿角市デジタルアーカイブ

  1. トップページ
  2. 詳細検索

詳細検索


検索条件を追加
閉じる
検索結果 : 24件
辞書ファセット
/ 1ページ
鹿角市史 第3巻 下 (0013)

い出の町角花輪六日町通り(昭和11年)(「思い出のアルバム」から)大湯の家並(大正初期)上町方面から鹿倉城跡
鹿角市史 第5巻 (0595)

篭屋敷(沢)(新田)〔大館市〕2上199 · 206· 214· 493鹿倉,〔小坂町〕鹿倉崎〔毛〕鹿倉山〔大〕2上2553下590 · 5922下300樫内柏木新田〔大
鹿角市史資料編 第14集 (0098)

東迄四拾間程、 北より南迄五拾六間程、 毛馬内川汀拾弐丁程、 川出通用并木性共不宜土地赤野土岩鹿倉
鹿角市史 第5巻 (0050)

九戸方大湯四郎左衛門の鹿倉城を大光寺左衛門攻略す。
鹿角市史 第1巻 (0573)

『祐清私記』に「関助右衛門之事」という項があり、 大湯鹿倉城攻めを伝えている。
鹿角市史 第5巻 (0545)

開墾買石(かいし)開発世話方海沼館開拓農業協同組合廻銅支配人カギツケ書役学童疎開角卷学務委員鹿倉城→大湯鹿倉城隔離病舎欠落
鹿角市史資料編 第16集 (0120)

當年廿八歳長女たね鹿倉より大坂まて續山ニ而壱ケ山同様御座候。
鹿角市史 第3巻 下 (0640)

このため、 従来の処理施設では処理しきれなくなるおそれもあり、 また施設の老朽化もあって、 鹿倉崎
鹿角市史資料編 第3集 (0031)

しかするやうに水を溜め、 堤を切って屍体を大川ニ流しやりしとぞ、 恐く当局の堤指ニよるルのならん乎又下の湯尻鹿倉,の根廻り大川か流れて居り、 依て道路ハ鹿倉の根岸嚴壁ニ通し、 雨天の際なと川水溢れ行歩点綴せりとぞ
鹿角市史 第2巻 上 (0289)

第一節農業生産力の向上長沢村一三(八)内大森一鳥越村四三(三〇)内二渡藤鹿二大鹿倉一一藤原七〓村一六坂地坂
鹿角市史 第1巻 (0583)

四郎左衛門の拠った大湯鹿倉城は実戦型の山城であり、 五兵衛居館の大湯字和町の新城一帯、 近世北氏の
鹿角市史 第2巻 下 (0340)

道筋は湯脇の田中を川原ノ湯西側へ出、 鹿倉山の山根をまわって下の湯へ入っている。
鹿角市史 第1巻 (0600)

ほとんど郡外の戦闘に終始したことによる天正十九年九戸の争乱に際し、 九戸方の大湯四郎左衛門の籠る大湯鹿倉館
鹿角市史 第5巻 (0354)

七· 一九大湯町鹿倉山薬師堂炎上す。
鹿角市史 第5巻 (0449)

一一· 一大湯鹿倉城四〇〇年記念祭をかくら荘で開催す同広報かづの一一·一四市制施行二
鹿角市史資料編 第14集 (0154)

此反別壱反弐畝歩同村御山之内、 鹿倉と申所同村願人惣御百姓西は馬子ケ平沢出口限東は川限北は御田地限南
鹿角市史資料編 第16集 (0102)

覚万谷村一、 鹿倉御林東ははふ切、 西は畑切、 南は草刈長根切、 北は草刈道切、 西より東江六拾間程
鹿角市史 第3巻 下 (0642)

一日四〇トンの従来の処理能力では到底対応できなくなり、 一日一〇〇トンの処理能力のある焼却場を鹿倉崎
鹿角市史資料編 第14集 (0127)

此反別九町同村御山之内一、 鹿倉と申所同人西は畑限東は野はぶ限北は草苅道限南は草苅長根限杉五万本内一
鹿角市史資料編 第14集 (0151)

此反別拾町六反歩同村御山之内一、 佛澤と申所毛馬内御給人願人豊口小七郎印西は嶺限東は畑限北は鹿倉崎御林限南
鹿角市史 第2巻 下 (0065)

そして四郎左衛門昌次は、 天正一九年いわゆる九戸一揆において大潟鹿倉城の籠城戦ののち九戸城に入城して
鹿角市史資料編 第23集 (0047)

御祈祷候御守礼奉差上候御尋付書上仕候以上天台法輪院末寺岩屋山福昌寺文化九年六月不動院中野三左衛門殿橋本定右衛門殿前書之通申出候間取次差上申候以上六月御代官両人懸り前同断前同断留ニ覚俗別當鹿倉村長五郎一藤原村七瀧大明神但堂弐尺四面右之通此度御沙汰
鹿角市史 第5巻 (0560)

上野, 上道, 沖ノ畑, 押出, かくらざきかしわざきかしわのかみあくどかみしんでんかみじんぽ鹿倉崎
鹿角市史 第5巻 (0549)

大湯温泉大湯鹿倉城大湯軽石層(大湯浮石層)大湯環状列石大湯木彫人形大湯郷土研究会大湯国営牧野大湯五平こけし
/ 1ページ
  • 資料グループ
  • テキスト一覧
  • 年表一覧
  • 機関トップ
  • 利用規定
  • 利用ガイド
  • サイトマップ
  • ADEACトップ
X(旧Twitter) facebook line urlcopy
トップへ
ページURLがコピーされました