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鹿角市史 第1巻
(0040)
鹿角
市史 第1巻 / 南北両朝の対立はじまる、 侍大将浅利清連の
鹿角
併管、 大里館攻防戦、 草刈場
鹿角
郡三国人一揆・
鹿角
四頭,の時代…四六〇奥州管領府下の
鹿角
、 南無阿弥陀仏碑、 足利一族の
鹿角
郡分郡化、
鹿角
四頭は国人一揆,である、 見継ぎ見継がれ第三節・南部・浅利・秋田諸氏の
鹿角
侵入四七一一応永・康正における南部氏の勢力浸透,…四七応永の秋田合戦と
鹿角
、 秋田高寺合戦と
鹿角
、 東西の連絡路としての
鹿角
二安東氏・浅利氏の
鹿角
経略,……四七六安東氏と小豆沢大日堂、 大日堂文明十八年棟札、 浅利氏と
鹿角
三南部氏の
鹿角
進出四八二毛馬内氏
鹿角市史 第5巻
(0543)
鹿角
市史 第5巻 /
鹿角
郡医師会
鹿角
郡家畜保険組合3上161 · 162 3下104 · 1073下206,
鹿角
郡牛馬品評会
鹿角
郡公会堂
鹿角
郡蚕糸業伝習所
鹿角
郡地頭
鹿角
郡地主会
鹿角
郡事務所3上288·,3上333~335
鹿角
郡代
鹿角
郡長
鹿角
郡南部私立衛生会2上16 · 24·27→,58 · 111 · 112 · 114 · 1783上172
鹿角
郡農会
鹿角
郡農業協同組合
鹿角
郡奉行
鹿角
郡仏教会
鹿角
郡役所
鹿角
郡連合青年団
鹿角
警察署
鹿角
工業学校
鹿角
三十三観音
鹿角
市,の誕生
鹿角
四十二館
鹿角
市先人顕彰館
鹿角
自動車組合
鹿角
酒造組合
鹿角
甚句
鹿角
神職会
鹿角
信用組合
鹿角
森林組合
鹿角
代官
鹿角
鉄道
鹿角
電気
鹿角
乗合自動車営業組合
鹿角
俳句大会
鹿角
婦人会
鹿角市史 第5巻
(0486)
鹿角
市史 第5巻 /
鹿角
公共職業安定所業務概要 3下100
鹿角
古事記1480
鹿角
山林帳
鹿角
志 内藤十湾2下346 41781483,のあゆみ
鹿角
市政白書
鹿角
市役所3下5723下583
鹿角
市誕生のあゆみ
鹿角
市の教育
鹿角
市役所
鹿角
市農業研究所研究集報
鹿角
市,668
鹿角
出身産業人物伝 鹿友会編 3上396
鹿角
新聞
鹿角
新報3下4053下668
鹿角
タイムス3下668,
鹿角
地方における石造遺物 1433
鹿角
地方の庚申塔(上津野·10) 2下414·418,3上557
鹿角
婦人会日誌3上549 · 551 · 552
鹿角
方言考 大里武八郎
鹿角
方言集内田武志
鹿角市史 第1巻
(0041)
鹿角
市史 第1巻 / 津軽の騒擾と
鹿角
、 平正十年前後の情勢、 信直の襲封、 信直秀吉へ通款す、 信直斯波氏を滅ぼす,、 南部勢比内大館城を攻略、 大光寺氏花輪を領す第四節天正十九年の争乱と
鹿角
の新局面五一五一小田原参陣五一五九戸党,、 信直の小田原参陣二奥州仕置五一八奥州仕置の進行、 九戸の争乱、 奥州奥郡再仕置と九戸落城三
鹿角
地士,の行方五二一
鹿角
侍の去就、 中世
鹿角
の終焉、
鹿角
地士の離散、 大里氏・大湯氏円子氏、
鹿角
地士,と比内・秋田方面、
鹿角
地士と津軽方面四兵農分離と検地五三〓支城破却と兵農分離、
鹿角
の検地第五節
鹿角
鹿角市史 第1巻
(0515)
鹿角
市史 第1巻 / 主体性強化が、
鹿角
の地でも同じように強調される。,国人一揆こそいわゆる
鹿角
四頭であったと考えられる。,しかし、 戦国期~近世期における
鹿角
伝承からしても、 またこの時代の動向からしても、 中世
鹿角
について,「
鹿角
四頭」として語る状況は、 南北朝期後半から
鹿角
に結成された
鹿角
国人一揆の存在を示すものである、,現存史料の上で、 中世
鹿角
を
鹿角
四氏をもって記した初見史料は、 近世津軽藩で編纂した『津軽一統誌』
鹿角市史 第2巻 下
(0039)
鹿角
市史 第2巻 下 / 第一節盛岡藩の領域確定と
鹿角
二、 御境附御法令〔第二巻・上目次〕第一章盛岡藩政における
鹿角
第一節盛岡藩,の領域確定と
鹿角
第二節藩政確立と
鹿角
一、 花輪城代統治の時代二、 藩境警備の強化と重臣配備体制三、,としての
鹿角
第一節南部・秋田藩境争論の推移第三節
鹿角
の馬政一、 争論の発生二、 論地をめぐる紛争第二節幕府評定所,、 杉材木の他領出二、 盛岡藩の林政三、 森林の利用第三節
鹿角
の馬政第四節鍛冶銅冶業一、 中世
鹿角
,の鉄関連遺跡二、
鹿角
の鋳物師三、 鍛冶業の展開二、 論地をめぐる紛争一、 中世
鹿角
の鉄関連遺跡第二節幕府評定所
鹿角市史 第5巻
(0487)
鹿角
市史 第5巻 / 大里周蔵
鹿角
縁起 伊藤為憲
鹿角
御境留書
鹿角
大湯日記菊池武候
鹿角
学事会書類木村富子編
鹿角
観光歌集
鹿角
記
鹿角
教会五十周年記念誌
鹿角
郷土誌,佐藤与一3下371 4790
鹿角
口戦争実記
鹿角
組合総合病院五十年史 3下106~108
鹿角
郡荒川村福音会出張伝教者記,3上600
鹿角
郡旧記
鹿角
郡告示綴
鹿角
郡御検地水帳 · 毛馬内村1398 · 484,#183;272· 283 · 293 · 294· 273
鹿角
郡諸鉱山記
鹿角
郡勢一班
鹿角
郡大日堂,の祭堂
鹿角
郡統計一覧表
鹿角
郡統計要覧2上531· 565 · 567 ·
鹿角市史 第1巻
(0216)
鹿角
市史 第1巻 / 『特別史跡大湯環状列石保存管理計画書』
鹿角
市教育委員会塩谷順耳「
鹿角
地方の館」『秋田県立博物館研究報告,』3磯村朝次郎「
鹿角
地方における中世石造遺物」『秋田県立博物館研究報告』3庄内昭男『鳥野遺跡発掘調査報告書,
鹿角
市教育委員会九八一(昭五六)秋元信夫『新斗米館跡第〓次発掘調査報告書』
鹿角
市教育委員会秋元信夫『長牛城跡発掘調査報告書,』
鹿角
市教育委員会秋元信夫『御休堂遺跡発掘調査報告書』
鹿角
市教育委員会『東北縦貫自動車道発掘調査報告書,"青垣山をめぐらす
鹿角
の地"と石川啄木は
鹿角
盆地を詠んだ。
鹿角市史 第5巻
(0406)
鹿角
市史 第5巻 / 四 ·一
鹿角
市が誕生。,町誌編纂資料
鹿角
福祉事務所廃止、
鹿角
市福祉事務所生れた花輪警察署が
鹿角
警察署に、 花輪電報電話局,が
鹿角
電報電話局に、 花輪保健所が
鹿角
保健所に、 花輪農業改良普及所が
鹿角
農業改良普及所になどそれぞれ,
鹿角
タイムス秋田魁年鑑同 同四 · 二八
鹿角
市長選挙、 阿部新当選す。,八·一五第一回
鹿角
市成人式が花輪高校体育館で行わる
鹿角
タイムス広報かづの八·二三小豆沢大日堂境内
鹿角市史 第5巻
(0422)
鹿角
市史 第5巻 / 五
鹿角
信用組合本店が完成、 新店舗で営業開始す。,八東京池袋東武百貨店で「
鹿角
市の観光と物産展」開かれ、 大湯大太鼓が出演した。,
鹿角
新報広報かづの
鹿角
新報同昭和五五 四月 冷泉家の古文書公開(一九八〇)同県、 ツキノワグマ生息調査
鹿角
地区,広報かづの
鹿角
新報同
鹿角
新報広報かづの同六·二二花輪佐久ビル跡にパークホテル
鹿角
が落成した七,同
鹿角
新報406
鹿角市史 第3巻 下
(0049)
鹿角
市史 第3巻 下 / 第七章大正・昭和前期の産業【表】第1表
鹿角
郡耕地反別表(大正九年)…一五八第2表
鹿角
郡小作地率の推移…,9表
鹿角
郡耕地整理状況一七一第〓表開墾助成状況…一七六第〓表大正四年必行事項実施成績…一七八第〓表
鹿角
郡産米,の産牛…二一一第〓表当歳・二歳犢糶払調(
鹿角
郡)二一一第〓表國有地に於ける畜牛放牧場(
鹿角
郡)…二一四第,〓表その他の家畜(大正期)…二一五第〓表豚の頭数(
鹿角
郡)…二一六第〓表兎の頭数(
鹿角
郡)…二一六第〓,…二二一第〓表苗木生産高(
鹿角
郡)二二五第〓表
鹿角
郡製炭業者関係表(昭和九年)…二二十第〓表商業戸数および
鹿角市史 第3巻 上
(0057)
鹿角
市史 第3巻 上 / の小作数…二五八第〓表明治一九年
鹿角
の養蚕状況…二六三弟〓表明治三五~四〇年
鹿角
の養蚕状況…二六五男〓,表明治四三~大正元年
鹿角
の果樹栽培状況…二七第〓表明治三五~四〇年
鹿角
の馬飼育状況…二八十第〓表明治三八,~四〇年
鹿角
の牛飼育状況…二九(第〓表明治三七年~四〇年屠殺家畜数…二九三男〓表明治三七~大正元年
鹿角
,の牛乳生産状況二九四男〓表明治三七~四〇年
鹿角
の豚飼育状況二九六第〓表明治三八~大正元年
鹿角
の家禽飼育状況,~大正元年
鹿角
の林産物…三一四第〓表明治一二年
鹿角
郡の営業者人数…三一一〓〓表明治二六年
鹿角
郡の営業者人数
鹿角市史 第1巻
(0030)
鹿角
市史 第1巻 / 第四節
鹿角
市の気候六九第三節地形発達史…四一段丘の形成四一二十和田湖の形成史-激しかった十和田火山の噴火,カルデラの誕生、 シラス洪水と十和田湖伝説三氷期と段丘六〇河岸段丘、 段丘の構成物四まとめ…六五第四節
鹿角
市,の気候六九一
鹿角
市の気候型について……六九二
鹿角
市の気候の特徴七二〓山間盆地の内陸的気候…七二〓冬の季節風七五,〓夏の季節風と冷害…七六三
鹿角
市の季節七十第五節
鹿角
市の生物…八第一
鹿角
の植物八
鹿角市史 第1巻
(0039)
鹿角
市史 第1巻 / 第四章中世の
鹿角
四一第一節
鹿角
郡地頭群像四一一一鎌倉幕府と
鹿角
四一一源頼朝の方針、 従来の説と典拠二
鹿角
郡地頭職四一五村地頭,の文書、 文書の伝来と安保氏武士団、 初代
鹿角
郡地頭成田助綱説三地頭支配の中で…四二五北条氏勢力の,から第二節国代成田氏の盛衰四三六一建武新政陸奥国府体制…四三六元弘没収地に指定、 陸奥守北畠顕家の
鹿角
政策,、 国代成田頼時、 南部師行の場合、 安保弥五郎入道のこと二
鹿角
の内乱四四・
鹿角市史 第1巻
(0529)
鹿角
市史 第1巻 / 大日堂棟札南部氏の勢力は、 嘉吉三年安東氏支配の津軽諸郡をほぼ手中に収めた頃から、
鹿角
地方をも次第,しかし当然にいわゆる四氏の団結を背景とした
鹿角
国人の根強い抵抗に遭遇したであろうし、 秋田安東氏や比内浅利氏,との確執も
鹿角
を挾んで激しさを増していた浅利氏と
鹿角
浅利氏と
鹿角
の関係には不明な点が多いが、 ある時期,において
鹿角
を占領していたことを思わせる節もある。,例えば『奥南落穂集』
鹿角
郡ノ次第は、 冒頭次の文に始まる
鹿角市史 第2巻 下
(0575)
鹿角
市史 第2巻 下 / 一、 御馬医石井錬蔵両
鹿角
江為御警衛出張被仰付。,一、 黒沢尻御役医並菊池元民両
鹿角
江為御警衛出張被仰付。,一、 御側詰新渡戸因幡奥瀬源助両
鹿角
江御用有之立被遣。,七月二七日一、 銑五郎弟瀬山鐘六両
鹿角
為御警衛今日出張被仰付。,一、 佐渡方蔵人方両
鹿角
江為御警衛今日致出張也。
鹿角市史 第2巻 上
(0027)
鹿角
市史 第2巻 上 / 第七節その他の産業…四一一第七節その他の産業…四一七
鹿角
の産物書上、 狭布細布、 旅人の見た
鹿角
の,産物、 幕末の『覚書記事から第四章
鹿角
の鉱山四二第四章
鹿角
の鉱山第一節
鹿角
の産金四二九一慶長のゴールドラッシュ,四二九金山の発見二
鹿角
の産金伝説四三一白根発見伝説、 尾去沢発見伝説、 和銅の発見伝説三諸山開立年限附四三七
鹿角
郡,の金山第二節封内富饒・
鹿角
の金山…四四〇一白根の金山四四(〓白根金山の繁栄四四(
鹿角市史 第5巻
(0439)
鹿角
市史 第5巻 / 四·一〇
鹿角
市長選挙行われ、 杉江宗祐新市長当選す。,五· 一五
鹿角
工業振興会議設立、 新発足す。,
鹿角
市の文化財広報かづの広報かづの
鹿角
タイムス同広報かづの
鹿角
タイムス八·二一
鹿角
青年会議所主催伝説,かづのカーニバル「伝説サイクリングイン
鹿角
」に七三人参加す。,一〇· 八
鹿角
市先人顕彰館の開館記念式典行われた。
鹿角市史 第5巻
(0432)
鹿角
市史 第5巻 / 係事 項出 典三·二四
鹿角
市議会議員一般選挙が行われた。,
鹿角
新報五·二一
鹿角
市と小坂町を結ぶ
鹿角
地区広域農道竣工記念碑が県果樹試験場
鹿角
分場前に建立,七· 二県営八幡平第二発電所が完成し竣工式行われた七·二〇新
鹿角
市庁舎の落成式行わる,広報かづの同 同八 ·一
鹿角
りんご青年部会創立一〇周年記念式典が開八 ·かれ、,
鹿角
りんご銘柄確立の決議が採択された。
鹿角市史 第4巻
(0865)
鹿角
市史 第4巻 / ○
鹿角
方言集昭和十一年刀江書院○日本星座方言資料昭和二十四年日本常民文化研究所○菅江真澄遊覧記1~5(,と蟹など五話『旅と伝説』昭和六年四月号○秋田県
鹿角
郡宮川一村地方の婚姻習俗『同前』昭和八年一月号○
鹿角
郡昔話猫又,など五話『同前』昭和九年十二月号○
鹿角
の童謡と地名考資料『方言と土俗』昭和六年○秋田県
鹿角
郡宮川村地方,(年中行事)『民俗学』昭和五年○秋田県
鹿角
郡宮川村地方(俗信集)『同前』昭和六年○秋田県
鹿角
郡花輪町地方,
鹿角
に〓る方言や昔話を調査し、 記録して中央に発表した人としての功績は大きい。
鹿角市史 第1巻
(0586)
鹿角
市史 第1巻 / また、 森吉町本城の「肝煎秋元氏は
鹿角
四家の一派にて、 故あり松橋の家臣となり、 子孫此に相続す,鷹巣町今泉の成田家の先祖は、
鹿角
成田氏の分れで、 もと
鹿角
郡神田に住し後に同郡石野に移ったが、,大葛大谷の阿部家も九戸争乱によって
鹿角
から逃れ、 金山開発の荒谷家の祖も
鹿角
から移ったと伝えている。,そのほか県北一円に亘って
鹿角
から移ったという伝えをもつ安保氏、 成田氏、 奈良氏が多い
鹿角
地士と津軽方面青森県中津軽郡,の黒土氏は関氏を称し
鹿角
黒土氏の裔、 同村村市館は
鹿角
成田氏の族類と、 それぞれ伝承をもっているといわれる
鹿角市史 第5巻
(0452)
鹿角
市史 第5巻 / 和歴(西暦)一 般 的 事 項
鹿角
関関係事 項出 典一〇·二七秋田県信用組合毛馬内支店が落成,同
鹿角
タイムス一一·二八第一回
鹿角
民謡全国大会が十和田市民センターにおいて開催された。,となることを決定広報かづの二· 四
鹿角
市北学校給食センターの竣工式行われた。,二 ·六
鹿角
市体育協会創立二〇周年記念式典行わる。,二 · 一三
鹿角
市芸術文化協会設立二〇周年記念式典行う二·二一恒例の
鹿角
ジャンプ大会
鹿角市史 第1巻
(0532)
鹿角
市史 第1巻 / 三、 南部氏の
鹿角
進出毛馬内氏の入部三戸南部氏が
鹿角
郡に勢威を振うようになったのは、 いつの頃からであろうか,岩手県史』は「津軽諸郡は、 嘉吉三年(一四四三)頃から南部氏の勢力下にあった形跡があり、
鹿角
郡が,三戸と津軽の連絡路には北の野辺地口と、 中間の七戸口と、 南の
鹿角
口があり、 南部氏にとって
鹿角
,祐清私記』御家菱備之事の条に、 「十四代守行公之時
鹿角
郡安保氏より御取合確執之節羽州秋田氏と御合戦有,り(中略)津軽・
鹿角
方御合戦之時は八戸氏一ノ手先に御座候由、 岩手方エ御合戦之時は九戸氏一ノ手先之由
鹿角市史 第3巻 下
(0321)
鹿角
市史 第3巻 下 /
鹿角
信用組合は、 当初信用金庫の設立をめざしたものの種々の障害に阻まれ、 結局三三年八月
鹿角
信用組合,平成二年四月秋田商工、 北秋、
鹿角
三信用組合の合併により、 秋田県信用組合に改組し新出発した。,注1青年乃
鹿角
大正一二年九月一五日付注2『
鹿角
のあゆみ』
鹿角
のあゆみ刊行会注3青年乃
鹿角
昭和二年六月一五日付注,4
鹿角
時報同二年一一月五日付注5秋田魁新報昭和七年八月一三日付注6同同七年九月二日付注7同同七年九月二二日付注,8同同七年一二月二四日付注9
鹿角
時報昭和七年一二月二一日、 八年一〇月二一日付注〓同同八年一二月一一日付
鹿角市史 第2巻 上
(0022)
鹿角
市史 第2巻 上 / の所在と支配区域、 代官所の格付、 代官所の組織、 代官所の職制四御蔵奉行・御境奉行七〇第三節
鹿角
知行,の諸士七八御蔵奉行、
鹿角
御境奉行第三節
鹿角
知行の諸士七八
鹿角
知行諸士、 知行所書上、
鹿角
の御給人第四節御蔵高,と給所高九〇盛岡藩の石高、 盛岡藩惣高と
鹿角
の高辻、 八戸藩分立と
鹿角
、 天和三年の高直し、,御蔵高と給所高、 文政十三年の御蔵収支、 御国住居諸十○第五節貢租…一一一
鹿角
の総検地、 検地帳,坪刈・束刈の法、 変動性の粟歩、 御蔵入地の年貢、 給所地の年貢四公六民、 諸納米、
鹿角
御買米制度
鹿角市史 第1巻
(0122)
鹿角
市史 第1巻 / 第四節
鹿角
市の気候限られた一地方としての
鹿角
市の気候について、 その特色を知り得る資料は少ないが、,幸い
鹿角
市農業研究訴では毎年
鹿角
地方の気象現象についての観測資料を発表しているので、 それや他の資料,を参考として
鹿角
市の〓候の概要をとらえてみる。,一、
鹿角
市の気候型について『秋田県史』によると、 秋田県全体としては、 ケッペンの気候区分では,(『
鹿角
市農業研究所研究集報』第四号昭五十五)したがって、
鹿角
市は亜寒帯に入
鹿角市史 第4巻
(0870)
鹿角
市史 第4巻 / ○錦木村郷土誌昭和五年○
鹿角
郷土誌昭和六年○伝説の
鹿角
鹿角
郡教育会昭和六年○男鹿半島の文化昭和十年ほかに,
鹿角
時報、 秋田魁新報などに歴史や民俗に関する文章を数多く連載した。,『
鹿角
郷土誌』は『
鹿角
縁記。,や『
鹿角
志』に次ぐ郷土史であり、
鹿角
の歴史や地理について詳しく記述している。,また『伝説の
鹿角
』では代
鹿角市史 第1巻
(0464)
鹿角
市史 第1巻 / 建武元年(一三三四)三月二十一日陸奥守北畠顕家が南部師行に
鹿角
郡の所務を命じた文書があるが(口絵掲載),、 実はこの文書によっては次節に述べるように、 鎌倉期に南部氏以外の者が
鹿角
郡地頭であったことを推定,この説は、 近世初期成立の『
鹿角
由来記』など史伝書に「
鹿角
四氏」「
鹿角
四頭」「
鹿角
四姓」「
鹿角
四天士,第三は、
鹿角
四氏が村地頭として鎌倉期にすでに存在したことを認めながらも、
鹿角
郡地頭職としては鎌倉初期,
鹿角
市史として、 今後あらためて解明しなければならない課題であるとおもわれる
鹿角市史 第2巻 上
(0177)
鹿角
市史 第2巻 上 / )銭定・大湯村銭宕銭定和賀・小山田村一米定郡一、 安宅登(一五〇石)
鹿角
・大湯村六)、 渋民村・長山村以上岩手郡一,
鹿角
・冠田村)米定郡・柴内村・松山村・腰廻村一以上
鹿角
郡)金定一、 四戸茂助(一二八石)・大湯村金定,師賀)米定戸郡和和賀・田野村二戸〓)大豆定郡大豆定一、 望月文平(一〇〇石)・大湯村・草木村(以上
鹿角
郡,)金定
鹿角
・小枝指村(米定役銭加郡一、 中村惣左衛門(一〇〇石)・大湯村・小平村(以上
鹿角
郡〓)金定,(以上二戸郡)金目定一、 工藤瀬兵衛(一〇〇石)
鹿角
三戸・大湯村一)、 泉山村郡米金定)金目定
鹿角市史 第2巻 下
(0032)
鹿角
市史 第2巻 下 / 三、 山伏修験と庶民生活三九〇
鹿角
の山伏、 本山派との争い、 山伏組織の確立と頭襟頭(①慈顕院、,②不動院、 ③大蔵院)、 頭襟頭の役割、 堂社と神子、
鹿角
の羽黒田、 山伏の活動四、,石造記念物に見る信仰、 庶民生活の中の信仰、 鉱山と信仰、 鉱山と仏教、 鉱山とキリスト教第二節
鹿角
,の文教四二六一、
鹿角
の学問四二六好学尚武の風土、 折衷学派の隆盛、 藩学の整備、 藩学と
鹿角
,花輪の稽古場、 大湯・毛馬内の稽古場、 私塾、 寺小屋、 著名な人々、 算法家二、
鹿角
鹿角市史 第3巻 下
(0687)
鹿角
市史 第3巻 下 / 注1農業「
鹿角
」
鹿角
農林事務所平成元年注2平成四年版
鹿角
市統計書
鹿角
市注3
鹿角
市総合計画「かづの〓」平成二年
鹿角
市注
鹿角市史 第1巻
(0530)
鹿角
市史 第1巻 / 文治五年頼朝公奥州征伐ノ時伊達次郎泰衡従兵ニ
鹿角
近作ト云者大木戸ニ討死ストアリ何人ナルヤ不詳、 右征伐軍功,ヨリテ甲斐源氏武田一族浅利与一義遠ニ
鹿角
郡地頭職ヲ給フ、 其男浅利六郎知義下向
鹿角
ニ住シ三代浅利太郎義邦,思えば、 当時としてまことに大胆な叙述というべきで、
鹿角
郡はその文治五年から南部守行に至るまで浅利氏,しかしこのことには浅利系図その他に何ら明証となるべき記載がないまた『
鹿角
古事記』に「一、 比内の主浅利,、
鹿角
の湯山に該当する地名は明らかでない。
鹿角市史 第1巻
(0038)
鹿角
市史 第1巻 / 飛鳥平遺跡③北の林〓遺跡④北の林〓遺跡⑤乳牛遺跡⑥案内〓遺跡⑦妻の神〓遺跡⑧中ノ崎遺跡⑨一本杉遺跡第二節
鹿角
,をめぐる古代の情勢…三八一蝦夷のムラ、 上津野三八上津野の初見、 蝦夷の人々二「蝦夷征伐」線上の
鹿角
,…三八五田道将軍と猿賀神社、 坂上田村麻呂と月山神社、 文室綿麻呂と
鹿角
地方、 元慶の乱と上津野村三十一,・十二世紀の
鹿角
…三九工上津野村の姿、
鹿角
の建郡、 歌枕のくに、 安倍氏の頃、 平泉政権と
鹿角
鹿角市史 第4巻
(0863)
鹿角
市史 第4巻 / ○人文地理学提要昭和五年古今書院○山島社会誌-
鹿角
民俗誌昭和六年刀江書院○郷土研究と人文地理学昭和六年,(郷土科学講座)○村の人文地理昭和八年古今書院○民俗学と人文地理学との境昭和十年岩波書店○
鹿角
盆地の経済地理構成,また鹿友会誌』(東京在住の
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出身者の会の機関誌)に、 柳田国男の講演筆記「
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は民俗学的に興味のある,『山島社会誌-
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民俗誌』は特に
鹿角
を讃えた文章でまとめられている。 自序には次のようにある。,
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の位置・山河美はしき郷土・レジョナリスムスと
鹿角
・地名学の興味・政治地理上の興味・山には食物充てり・
鹿角市史 第5巻
(0434)
鹿角
市史 第5巻 / 月北海道で初の日米統合演習一一月伊豆大島三原山大噴火島民ら島外に避難この年自殺者二万五〇〇〇余は最悪
鹿角
関,五·二二花輪鉱山が九月末日閉山を労働組合に通告した
鹿角
タイムス五·二三
鹿角
市が閉山対策連絡会,同六· 二
鹿角
郡農業協同組合がかづの農業協同組合と名称を改めた。,
鹿角
タイムス六·二〇
鹿角
市テレトピア推進協議会設置された。,七·一六
鹿角
新報が廃刊となる。
鹿角市史 第1巻
(0475)
鹿角
市史 第1巻 / このように、 鎌倉初期に武蔵御家人成田氏が
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郡地頭職に補任された、 という最近の説には高い蓋然性,おそらく、 源頼朝の文治五年奥州合戦に従軍した成田助綱が、
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郡地頭職に任じられた最初の人であったと,三、 地頭支配の中で北条氏勢力の浸透わずかな現存史料のなかから、 鎌倉期
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郡における成田氏一族の,
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郡地頭職は北条氏と交替させられたのではないか、 と考えられている。,この北条氏
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郡地頭交替を示す傍証の第一は、 鎌倉幕府滅亡後、 建武政府が
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郡を闕所地扱いに、
鹿角市史 第2巻 上
(0032)
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市史 第2巻 上 / 第〓表両
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代官所下役表…六第〓表花輪通御蔵奉行表…七第〓表毛馬内通御蔵奉行表…七一第〓表
鹿角
御境奉行表,…七六第〓表利直知行状の諸士…七九第〓表
鹿角
に知行を有する重直・重信代新規召抱の諸士…七九第〓表
鹿角
郡村々分高書上,……八第〓表盛岡藩の御給人員数動向…八一第〓表両
鹿角
御給人員数の推移…八六第〓表両
鹿角
御給人表(明治二年,)…八八第〓表
鹿角
郡高辻の推移…九第〓表盛岡藩惣高・表高の推移…九一第〓表
鹿角
郡内郷村高…九七第〓表貞享元年高直,給所高の構成割合…一〇〇第〓表宝暦年間における
鹿角
の百姓人口の動向…一〇第〓表安政元年両
鹿角
郷村別御蔵入方給所高
鹿角市史 第2巻 下
(0334)
鹿角
市史 第2巻 下 / 大湯温泉入湯のため湯小屋に逗留する他領者の始末合いを大湯町商人宿が行うことを指示した一札も含まれている二、
鹿角
,の街道〓
鹿角
街道横断路、
鹿角
往来
鹿角
街道は
鹿角
往来、
鹿角
道とも称され、 その道筋は城下盛岡を,発し寺田、 荒屋、 田山を経て
鹿角
郡に入り、 米代川添いに花輪、 神田、 松山を通って土深井,広漠たる一本木原や七時雨山の難所越え、 分水嶺の梨ノ木峠、 突兀たる岩山を縫う湯瀬の岨道など、
鹿角
,またほ二戸かに福岡(市から浄法寺を経て荒屋の曲田で前記の本道へ合流する道筋も、 古くから
鹿角
街道と呼
鹿角市史 第2巻 下
(0029)
鹿角
市史 第2巻 下 / 軒別銭の賦課、 新税反対の一揆、 嘉永の大一揆第七章
鹿角
の交通二六工第一節東西を結ぶ
鹿角
道二六五古代中世,の
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道、 消え去る古道第二節街道と宿駅二七一、 道中諸条目二七領内道規書上、 領内伝馬条目、,伝馬御用、 助伝馬割当、 厳しかった旅人改め、 往来証文、 庶民の旅行、 在町商人宿二、
鹿角
,の街道二九四〓
鹿角
街道二九一横断路・
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往来、 困難だった街道維持〓来満街道二九九奥筋往来、 嶮路来満越三
鹿角市史 第5巻
(0442)
鹿角
市史 第5巻 / 和歴(西暦)一 般 的 事 項鹿
鹿角
関係事 項出 典一〇· 三日米高令化セミナー
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会議が十和田市民,一〇·一五第八回民俗芸能フェスティバルが
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観光ふる広報かづの一一 ·さと館で開かれ,一一·七ふるさと
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調査団よりふるさと創生事業調査
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タイムス同同報告書が市へ提出され市民会議,は解散となった一一·一七
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地域シルバー人材センターが設立された。,広報かづの
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タイムス一二·一二恵愛会
鹿角
中央病院が花輪字柳田より字六月田に新築移転し開業した
鹿角市史 第1巻
(0535)
鹿角
市史 第1巻 / ともかく、 室町期の状況として、
鹿角
四氏が各郷に分拠し、 『
鹿角
由来集』に「京郡四十二郷ニ侍四拾弐人住居之事,」、 『
鹿角
由来記』に「
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郡四十二館に侍四十二人居候事」と表現されるような国人割拠のなかへ、 初,長牛氏ら郡南に拠る」の毛馬内氏の
鹿角
入部と相前後して、 郡南地区には一戸南部氏庶流が拠っている。,『参考諸家系図』一本には瓦牛氏行朝の二男一戸摂津守義実、 初は奥郡の内女鹿小供領す後
鹿角
郡長牛村を領,して長牛氏と称す谷内氏一戸義実ノ末葉より出たりと載せられ、 また『
鹿角
由来集』の関係部分には一、
鹿角市史 第1巻
(0518)
鹿角
市史 第1巻 /
鹿角
四頭として結束した成田・安保・奈良・秋元の四氏一族も、 おそらくこのようにして形成されたものと思,
鹿角
四氏の各々が、 鎌倉期から何らかの基盤を
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郡内にもっていたことは、 前節でも想定した。,の時代に、 一族の縁故をもって、
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の村地頭の地位を得ていた、 と想定して誤りないとおもわれる,秋元氏については、 未詳であるが、 北条氏政権下の鎌倉幕府引付奉行の地位にあった秋元氏が、
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,に関わりをもったのは、 いわゆる
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四氏の人々だけではなかった。
鹿角市史 第4巻
(0876)
鹿角
市史 第4巻 / 松谷みよ子(大正十五年東京生れ)児童文学者で、
鹿角
の昔話や伝説を採録した人たちの一人。,こうして
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に残る伝説が再構成され、 創作民話として次の世代へと引き継がれていくことになる。,その生涯にわたって
鹿角
の民俗に深い関心を示していた。,彼は調査のため日本各地に足を運んでいるが、
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にも何度か訪れている。,柳田が
鹿角
の民俗にどのような観点で興味を持ったのかは、 重要な問題であろう。
鹿角市史 第1巻
(0483)
鹿角
市史 第1巻 / 彼らが
鹿角
生えぬきの土豪層なのか、 あるいは安保族で
鹿角
の地名を称したものか、 にわかには断じがたいが,このように
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郡内の村を名字の地とする者たちがあらわれ在家にまで指名されていることは、 地元に密着した,鎌倉末期に、
鹿角
に造立された板碑として、 下表①~⑤の五基が紀年銘を確認できるものである。,
鹿角
の板碑⑤は、 関東の秩父青石に類似する緑泥片岩を石材とし、 頭部は山形に作り、 その下に三条,高さ八三セン第1表
鹿角
における板碑一覧表(磯村朝次郎「
鹿角
地方における石造遺物」による
鹿角市史 第1巻
(0585)
鹿角
市史 第1巻 / この他に、 『奥南落穂集』は「
鹿角
衆ノ」として、 次の人々を挙げている成田彦右衛門仕信直公三十五石折壁主殿湯瀬宮内仕信直公百石唐牛兵蔵笹木宗右衛門原村三十郎風張藤七仕利直公五十石
鹿角
地士,と比内・秋田方面ると、 天正末年に至る間、
鹿角
地士の多くが秋田や津軽へ退去していった。,その地方には
鹿角
を故地とする旧家も多い。,『両比内郷村史略』から南部
鹿角
関係を摘記す赤石村治兵衛と云者十三代肝煎を勤む其先祖南部浪人という本宮に,長坂村肝煎与五右衛門祖は南部浪人小笠原何某と云此村に来て田地開発す山田村肝煎兵治右衛門といふ者祖ハ南部
鹿角
鹿角市史 第5巻
(0436)
鹿角
市史 第5巻 / 典三·二六県立
鹿角
高等職業訓練校が閉校式を行う。,広報かづの三 ·毛馬内の
鹿角
総合技術センターが尾去沢の県立職業訓練校跡に移転した。,四·二五尾去沢マインランド内に
鹿角
美術資料館竣工す六 ·四東京にて第二回
鹿角
市出身者在京経済人懇談会,広報かづの同
鹿角
タイムス同同六·一〇
鹿角
食品衛生協会が創立三〇周年祝賀会開いた|同六 ·,七·二三切留平地区の
鹿角
市八幡平山麓温水プールが完広報かづの
鹿角
タイムス広報かづの
鹿角
タイムス
鹿角市史 第4巻
(0877)
鹿角
市史 第4巻 / 明〓京都に内藤湖南を二回訪問、 湖南の父十湾著述の『
鹿角
志』を読んだものと思われる。,大2
鹿角
へ来遊し、 十和田湖伝説を調査する。,(
鹿角
の童謡三つ昭3・9・〓秋田市菅江真澄百年祭に参列、 記念講演をした。,昭4・5・8
鹿角
郡下を調査。 (「
鹿角
美人は混血の証拠」
鹿角
タイムス昭〓・2・〓)。,昭〓・9・〓木曜会で「秋田県
鹿角
郡の話」をする。
鹿角市史 第1巻
(0133)
鹿角
市史 第1巻 /
鹿角
市の季節を明らかにするための資料は乏しいが、 ここに『理科年表』や、 秋田県史に述べられている,季節区分と、
鹿角
市における観測資料(『
鹿角
市農業研究所研究集報』)などをもとに、 その特徴を記してみる,日平均気温が、 0度(〓)をこえてプラスとなる日は、 秋田市では三月四日頃であるのに対して、
鹿角
市,さらに結霜の終日では、 秋田市が四月二十八日、
鹿角
市では五月五日頃である。,これらのことからして、
鹿角
市の春の季節の訪れは、 秋田市よりさらに十日前後おそいといえる。
鹿角市史 第1巻
(0033)
鹿角
市史 第1巻 / 一四六〓蛇沢湿原のハッチョウトンボ…一四六〓福士川のゲンジボタル一四七〓ザリガニとモクズガニ一四七六
鹿角
,の蝶と蛾一四九〓
鹿角
地方の蝶類一四九〓「秋田県の蝶」一四+〓「秋田県の蝶・補遺〓」一五〇〓「
鹿角
市湯瀬,の七月中旬の蝶類」一五一〓その他一五一〓
鹿角
地方に分布する蛾類一五三〓「
鹿角
市北半の鱗翅類・第一報」一五一
鹿角市史 第4巻
(0101)
鹿角
市史 第4巻 / 第一節地理的概観〔尾去沢地区〕〔柴平地区〕(
鹿角
市の統計・農業センサスから)(60年2月1日)(
鹿角
市,〔花輪地区:除柴平地区〕(
鹿角
市の統計から)(
鹿角
市の統計・農業センサスから)
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