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概要
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深川手永分57丁、河原手永分62丁で、表紙は傷んで解題は不分明、制作年代の上限は文化11年(1814)ごろと思われ、当時の惣庄屋か郡代によって編集され、幕末まで使用されたもののようで書き込みや張り紙が多く見られる。 内容的には次のような事項―田畑石高、土地の状況、竈(かまど)数、人口、牛馬数、井樋磧堰、職札、商札、会所備品、在宅士席氏名、寺社名、会所役人名などが毛筆できちんと書き込まれている。 後半は各村別の記載で深川手永では袈裟尾(けさお)村からはじまり、庄屋名、石、竈、人、牛馬数、寺社の順で書かれ、半尺村まで46村が、河原手永は隈府町から西迫間(にしはざま)村まで35村がかなり詳細にのっている。
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