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概要
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髙木医院は、第11代菊池郡市医師会長であった髙木公久氏を施主として昭和6年に上棟された歴史的建造物である。棟札で確認された。 外装は半切妻屋根にドーマー窓を付け、壁をハーフティンバー風に見せる欧風様式でありながら、一方で内装は格子天井や透かし欄間飾りを用いるなど和風様式も取り入れつつこれらをうまく調和させている。そのような意匠を凝らしていながら、大きく窓を設けて採光を確保するなど、医院としての機能にも配慮された造りになっている。 当初は外科であったが現在は内科であり、内装はその都度変更されているが、建築当初から玄関ポーチにたたずむ「サル」と「カエル」の石像はおよそ80年もの間、変わることなく来院する患者を出迎え、また見送っている。 髙木家は代々細川家に仕えた家柄で、池田屋事件で新撰組と切り結び禁門の変で壮絶な最期を遂げた幕末の志士髙木元右衛門直久は、施主である公久氏の叔父にあたる。
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