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目録ID a00129
タイトル 古川兵戸井手
タイトル(カナ) フルカワヒョウドイデ
タイトル(ローマ字)
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タイトル関連(カナ)
タイトル関連(ローマ字)
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著者
著者(カナ)
作成者(ローマ字)
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宛先(カナ)
宛先(ローマ字)
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製作者(ローマ字)
成立年月日 1815年(文化12年)
製作年終
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件名(カナ)
件名(ローマ字)
地域 菊池
地域(カナ)
地域(ローマ字)
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内容年
内容年終
内容細目
内容細目(カナ)
内容細目(ローマ字)
概要 1812(文化9)年、河原手永 大柿村(おかきむら)と平野村の庄屋 五島五郎右衛門(ごとうごろうえもん)は、村の零落した生活を改善したいと願い、菊池川の上流から水を取り入れる平野井手の建設計画に取り掛かった。翌年には藩の許可が得られ、3年後に完成。井手には、いくつもトンネルが掘られ、その総延長は計画時の2倍を越える約30kmになり、新田数十町が開かれた。

ところがこの井手の取水口はもっとも上流の取水口で、干ばつの年にも有利に水を利用することができるため、すぐ下流にある大場堰を取水口とする原井手を利用する村々、また菊池川から水を引く下流域の河原手永や深川手永の村々にとって重大な問題となった。

これらの村々は水利用の優先権を持つため、平野井手は完成したものの、取り入れ口は幅60cm、深さ30cmと制限され、畑に使用する水は飲料水の余りでまかなうなど、さまざまな制約を受けた。

平野井手開通の2年後には早くも干ばつに襲われ、河原・深川両手永一円に菊池川の水をめぐる大規模な騒動が発生した(文政の水喧嘩)。

当時もっとも大きな騒動の舞台となった東迫間村の庄屋も務めていた戸豊水村(とりうずむら)庄屋 平山八左衛門(ひらやまはちざえもん)は、平野井手の水量を増やす抜本的な計画を練った。現在の大分県、当時は幕府の領地であった上津江川原村笹原を流れる川原川(筑後川上流)に堰(せき)をつくり、井手を引き、兵戸峠を6つのトンネルで越え、菊池川に水を流すというもので、急な斜面に井手を掘り、長いトンネルを通し、トンネルの出口と古川の取水口で水量を量らなければならないという技術的な問題以前に、幕領であった上津江川原村を治める日田代官所を通して幕府の許可を得るという大きな課題があった。そのため、5年に及ぶ交渉・調整からはじまり、10年にわたる工事の末完成した。天保6(1835)年のことだった。

井手は183町の面積を水田に変え、改修や上津江村との水使用の合意を経て、昭和32年(1957年)まで使用されたが、上津江村との協定は更新されず、菊池市は分水権を放棄した。

上津江村からの分水はなくなったが、現在でも古川兵戸井手は、国土交通省が新たに造った菊池川の立門揚水場から台地に水を送り続けている。

総延長:約19km
解題・説明(英語)
来歴
来歴(英語)
所蔵機関 菊池市立図書館
原資料の所在地
資料番号
管理記号
カテゴリ区分 建造物
資料種別 学習:史跡
資料群名
資料分類(中分類) 郷土資料
資料分類(小分類) 文化財
文化財情報 日本遺産構成文化財 世界かんがい施設遺産(令和元年登録) 菊池遺産
manifest.jsonへのURL https://adeac.jp/viewitem/kikuchi-city/viewer/iiif/dc-a00129/manifest.json
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情報源(自治体史) 菊池市史 下巻
情報源(出版物・関連資料) 『新・菊池文化物語』
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権利関係・利用条件 CC BY-NC(表示-非営利)
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権利関係・利用条件に関する注記 クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
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緯度・経度・高度に関する注記
撮影者 中央図書館
撮影者(カナ) チュウオウトショカン
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デジタル化の経緯に関する注記
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