|
概要
|
冨田式暗渠排水技術は、明治時代に菊池市七城町出身の冨田甚平が考案した農業技術。水はけが悪く、畑作はもちろん稲作にも適さない沼地から効率よく水を抜き、さらに水が必要な時にはその水を活用することの出来る仕組みを作り上げた。 冨田は村の人々の苦労を知り、水抜きの実験のためにあえて水はけの悪い田んぼを自費で買い取り、考案した仕組みの実験場とした。苦心の末、値段も安く、操作が簡単な「水閘土管」というものを製作し、冨田式暗渠排水法を確立した。 冨田は少年時代に読み書きを教える塾に通っただけで特別な教育は受けていない。しかしその創意と努力で地下水と植物の生育、土壌と肥料の関係はもとより、病虫害や稲の品種との関係まで事細かに観察し、こうした成果を積み重ねて暗渠排水法を確立していった。 冨田式暗渠排水法は県内のみならず、瞬く間に全国に広がった。冨田自身の調査によると、当時二毛作が可能な水はけのよい土地は全国でわずかに37%に過ぎず、残り63%は質の悪い米を1年に1回作るのみであった。冨田が土地改良を手がけた面積は、実に1万haにも上るという。 冨田式暗渠排水技術は、昭和の圃場整備により、殆どがその姿を消した。しかし今年に入って、まだこの技術が現役で使用されている田畑が、地元の七城町で見つかった。取り壊しの話も出たこともあったが、思い入れがあるからと断って、今でも現役で使い続けている。
|