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概要
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当庵は西迫間の東端に位置する。隈部7代忠直(ただのぶ)が母の菩提を弔うために、心峯山光九禅寺を建立開山し、江月山玉祥禅寺 三世の錬室金大和尚を迎え、康正2年(1456)に永代奉寄進をしている。寺の本尊を忠直が生まれた午の刻(昼の正午)に因んで、牛目馬頭観音を安置したと伝えられる。 忠直の先祖は、宇野親治が保元の乱(1156年)の時に平家より菊池6代隆直に預けられ、宇野持直の時に10代武房より隈部の姓を授かったところから始まる。その後、菊池一族を支える重臣となり、その盛衰に深く関わる一族となる。 忠直は菊池19代持朝、20代為邦、21代重朝の3代に仕え、また文学にも造詣の深い人であった。境内には忠直、父の紀伊守源朝豊、母の墓があり、また忠直が亡母追善のために建てた寛正2年(1461)銘の追善供養碑もある。『肥後国見聞雑記』には「門前ニ道ヲ隔テ 田之中ニ忠直建立之経塚有リ」とある。
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