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概要
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前川地区北端に「澤村さん」と呼ばれる五輪塔がある。墓石の台石に次のように刻んである。 「延享丙寅天(1746)桂徳院殿霊枩雪嶽大居士」(枩=松) 口伝では、細川家に足軽として仕え、島原の乱に従軍したとき天草軍がなかなか降伏しなかったので、地理に詳しい山本氏(現在墓守をしている山本家の先祖)に案内させ、落城の原因をつくったとされる。その功により十石の小録であったのを一万石加増され、家老職を与えられた。 初代澤村大学は足軽で、姉川の合戦の武功により五千石、2代目大学も家老職であった。 細川氏の重臣であった澤村家の菩提寺は熊本市西区花園にあるが、4代目だけがここにある理由は分からない。澤村家一門の知行地は各地にあったという。 4代目は大変風流の人で、茶道に精通していたという。地内には大きな五輪塔のほか、墓碑や織部灯篭が見られる。
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