|
概要
|
この寺の名は橋田山一乗院という。宗旨は天台宗で、比叡山正覚院の支配下にあった寺である。用明天皇(572~587)の頃に、百済の国の日羅大師がこの寺を創立したと伝えられる。本尊は聖観世音菩薩である。 元中4年(1387)合志鑑岑(かねみね)が修復したという。また、天正5年(1577)隈部と合志の両軍が長坂城(山鹿市長坂)で戦ったとき、敗れて退いた合志軍はその道すがら橋田寺を焼き払ったともいい、そのとき焼けたと思われる仏像や、不動明王、多聞天像、涅槃図、梵鐘などが残されている。 また、ここは合志三十三ヶ所観音堂の最後の札所(第三十三番)である。 現在は上橋田熊野座神社と同じ敷地になっており、2~300年ほど経過したと思われるイチョウの大樹がそびえ、100mほど北には、菊池川水運における橋田舟着場があったとされ水運の安全を祈願した献額がある。
|