|
概要
|
藤尾支石墓群は、昭和32年(1957)8月、この地域の調査をしていた佐賀大学生らが地元住民の案内で発見し、当時の旭志村長中尾卓男を団長、熊本県文化財専門委員坂本経尭を主査として調査団が結成され、同年11月に発掘調査が実施された。行政、議会、青年団、婦人会、中学生などの各種団体村を挙げての自治体による発掘調査は当時県下では最初であり、話題となった。 発見された遺構は支石墓9基、積石墓4基、単独の甕(かめ)棺墓2基、石積列がある。同時期の弥生式土器や支石墓と直接関係のない縄文土器も出土した。甕棺は黒髪式土器に属し弥生中期後半のものであり、旭志小学校に保管されている。
|