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概要
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江戸時代初期に完成した『国郡一統誌(こくぐんいっとうし)』などの書物によれば、この地域にはその頃からすでに阿弥陀堂があったと記録されている。堂宇の正面には上人像、その両脇に石造阿弥陀坐像が安置されている。向かって右の阿弥陀像は「飯炊きさん」と呼ばれ、その名の由来は不明であるが明治時代に近くにあった阿弥陀ヶ池から掘り起こされたと伝わり、室町期の作とされる。 向かって左の阿弥陀像が地域住民から「首なしさん」と呼ばれている坐像で、名のとおり頭部がなく、また光背や手の印部が欠損しているものの、滑らかで張りのある彫り方などから、いわゆる「定朝(じょうちょう)様」による平安時代後期の作とされる。現在確認されているなかでは熊本県内における最初期の石造仏であり、その頃すでに肥後国内に優秀な石造仏造像技術があったことを想定することができる重要な資料である。
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