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解題・説明
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江戸時代の後水尾天皇は政略結婚をさせられたことがご不満で「世の中は気楽に暮らせ何ごとも 思えば思う 思わねばこそ」という歌を詠み、気楽坊と名づけた指人形を作らせて自身の心をなぐさめたと伝えられている。 本作は公家の五摂家の一つである近衛家に伝来し、現在は京都の陽明文庫に所蔵されるその指人形を参考にして制作された。作品のポーズには、両手を水平に広げたタイプ、左手を上げ右手を下げたタイプ、両手をだらりと下げたタイプの三通りがあり、彩色も様々に変えて幾体も制作された。展覧会への出品作とは違って、田中が楽しみながら制作したテーマだったと考えられる。
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