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解題・説明
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この塔婆は、日和田町八丁目と富久山町の境にある高場山中の恵日台と俗称されている場所に上部が折れて埋めてあったのを、1947(昭和22)年10月に今の場所に移し、割れた部分に鉄の芯を入れて接合し、建てたものです。 石材は、福原石と言われる凝灰岩で、塔婆型に加工製作された一尊種子供養塔婆です。 身部上方に種子「ア」(胎蔵界大日如来)を縦横57cmの大きさに、薬研彫で刻んであり、その下方に「弘安九年丙戊六月四日敬白」その左右に「右当考一十」「三年忌辰為成仏」と彫刻してあります。 この碑は、1286(弘安9)年に、建立者が父の十三忌の供養のために建てたものと思われますが、市内に散在する一尊種子供養塔のうちでも貴重なものです。 『松藩捜古』に「八丁目村の内にても古碑二基掘出せしに一は長元云々…一は弘安九年六月右當先考一 十三年忌辰の文字見ゆ是は前に有りし安養寺の碑と同筆ゆる也」とありますが、この碑がおそらくそれであろうかと思われます。
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