22.板石塔婆(如宝寺)(いたいしとうば(にょほうじ))

 

市指定重要文化財(考古資料) 昭和33(1958)年5月14日指定

所在地郡山市堂前町4-24
所有(管理)者名如宝寺
アクセス郡山駅前から麓山経由大槻行き、如宝寺下車徒歩4分
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 如宝寺には、国指定の石造笠塔婆と板石塔婆がありますが、この塔婆はその2基と一緒に安置されています。

 碑面には、7体の仏像(阿弥陀三尊、地蔵、閻魔王、邪気等)が彫刻してあり、阿弥陀如来の下品上生の地獄相と極楽相を表現したものです。このような図は絵巻物や図絵曼荼羅等に数多く見られますが、鎌倉時代において、供養塔婆に彫刻されているのは珍しいことです。

 上部から右側肩部にかけて欠損していますが、古くから、この欠損部分に「建保七年巳卯天二月日」と記した彫があったと言われています。なお、1219(建保7)年は、鎌倉将軍源実朝の逝去した年にあたります。

 『松藩捜古』によれば、この碑は御釜堂と呼ばれた堂内に安置されており、俗称ニワトリ石と言われ、子供が百日咳等にかかったときに削り取って飲めば治り、また治った後は絵馬を奉納するものとされていたと言われています。

ちょっとブレイク

戊辰戦争で焼失

虎丸長者ゆかりの如宝寺は戊辰戦争で焼失してしまい、今ある本堂は明治25年に鈴木信教和尚が再建したものです。ただ、山門と仁王門は幸い戦火を免れたので、200年以上昔の姿をそのまま残しています。