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郡山市/郡山市デジタルアーカイブ

  1. 郡山市
  2. 郡山市の文化財(資料グループ)
  3. 板石塔婆(如宝寺)(目録)
  4. 板石塔婆(如宝寺)
目録内容
タイトル 板石塔婆(如宝寺)
タイトル(カナ) イタイシトウバ(ニョホウジ)
タイトル(ローマ字)
タイトル関連
タイトル関連(カナ)
タイトル関連(ローマ字)
欧文タイトル
タイトルに関する注記
作成者
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作成者(ローマ字)
発売・製作者
発売・製作者(カナ)
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その他の注記 「郡山市の文化財」解説ページを見る
言語 日本語
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主題
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主題(ローマ字)
関連する地域・場所
関連する地域・場所(カナ)
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関連する人物・団体
関連する人物・団体(カナ)
関連する人物・団体(ローマ字)
内容年
内容年終
内容
内容(カナ)
内容(ローマ字)
解題・説明 如宝寺には、国指定の石造笠塔婆と板石塔婆がありますが、この塔婆はその2基と一緒に安置されています。
 碑面には、7体の仏像(阿弥陀三尊、地蔵、閻魔王、邪気等)が彫刻してあり、阿弥陀如来の下品上生の地獄相と極楽相を表現したものです。このような図は絵巻物や図絵曼荼羅等に数多く見られますが、鎌倉時代において、供養塔婆に彫刻されているのは珍しいことです。
 上部から右側肩部にかけて欠損していますが、古くから、この欠損部分に「建保七年巳卯天二月日」と記した彫があったと言われています。なお、1219(建保7)年は、鎌倉将軍源実朝の逝去した年にあたります。
 『松藩捜古』によれば、この碑は御釜堂と呼ばれた堂内に安置されており、俗称ニワトリ石と言われ、子供が百日咳等にかかったときに削り取って飲めば治り、また治った後は絵馬を奉納するものとされていたと言われています。
解題・説明(英語)
来歴
来歴(英語)
所蔵機関 郡山市
原資料の所在地
資料番号
管理記号
カテゴリ区分 考古資料
資料種別
資料分類(大分類)
資料分類(中分類)
資料分類(小分類)
文化財情報 市指定重要文化財(考古資料) 昭和33(1958)年5月14日指定
IIIFマニフェストURL
参照データ
関連ページURL
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自治体史掲載
出版物・関連資料
翻訳元の言語
権利関係・利用条件 独自規定あり
原資料の利用条件
権利関係・利用条件に関する注記
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DOI
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