28.針生古墳(はりゅうこふん)

 

市指定史跡 昭和33(1958)年5月14日指定

所在地郡山市静町37
所有(管理)者名静御前堂奉賛会 (問合せ)郡山市文化スポーツ観光部文化振興課
アクセス郡山駅前から池コスモス循環西ノ内先回り、コスモス循環池の台先回り、市役所経由静団地行き、静御前堂下車 ※見学自由
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 静町には、静御前堂という伝説物語に深くかかわる御堂がありますが、この真うしろに高さ3m、直径13mの円墳があります。これが古墳時代後期につくられた針生古墳です。

 静町を含む大槻地区には、かつて100基以上の古墳があり、一大古墳地帯をなして出土品も数多く残されていますが、現在ではそのほとんどが破壊されてしまいました。そのなかでこの針生古墳がほぼ原形のまま保存されていることは極めて貴重です。これは、静御前堂の境内にあって信仰的な意味をもった特殊な位置にあったためと考えられます。

 この古墳は規模としては大きくありませんが、この地区一帯に群集していた古墳の一つで、その時代の面影を今日に伝えるものとしての存在は大変重要な意味をもっています。

 この古墳の南側付近は花輪台といわれ、瓦窯跡の存在が確認されています。また、土師器・須恵器なども出土しています。

この他、ここには…

ちょっとブレイク

大槻にも古墳がいっぱい

古墳とは土を高く盛り上げてから大きな塚を築き、その中に死者を葬ったお墓のこと。農耕文化が発達すると徐々に貧富の差が生まれ、権力者の象徴として古墳が造られるようになりました。明治時代までは大槻町にも100基以上の古墳が残されていたようですよ。