53.磨崖供養塔(まがいくようとう)

 

市指定重要文化財(考古資料) 昭和43(1968)年3月13日指定

所在地郡山市湖南町福良字祢宜内
所有(管理)者名諏訪神社 (問合せ)郡山市文化スポーツ観光部文化振興課
アクセス磐越自動車道磐梯熱海インターチェンジから車で約40分
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 湖南町福良地区は、古代から中世の白川郡から会津に入る街道が通じ、その道筋に磨崖供養塔が造られました。

 この磨崖供養塔は、造られた年代や人名のある塔婆で、鎌倉武士団の配置と信仰及び仏教文化の歴史的なことを知るうえで、貴重な遺物です。

 巨大な安山岩の表面に南壁を粗く削って頭部三角形の板石供養塔婆状に丸彫りと線彫りにより形をとり、下部造り出しの部分には何も作らず、いかにも地上に造ったようにしています。三角頭部の上には、横に一線を引いて御堂の軒の部分にあてたとも考えられる構図があり、線の部分は丸彫り、種子は薬研彫りです。

 彫られた人名の蓮阿という人は、この地方の歴史には不明ですが、1285(弘安8)年の銘がある泉崎村踏瀬観音山の磨崖供養塔婆群や須賀川市御所宮、稲村、館ケ岡、白河、岩瀬地方にのみ残された福島県磨崖供養塔婆群の信仰範囲と仏教文化圏を知るうえで、学術的価値のあるものです。

ちょっとブレイク

祢宜内の由来は?

湖南町福良には祢宜内(ねぎうち)という地名があります。磨崖供養塔があるのも祢宜内ですが、その地名の由来は簡単!諏訪神社の祢宜(神職)、つまり神主さんが昔から住んでいたからです。昔の地名の付け方は分かりやすいですね。