55.舘の早乙女踊り(たてのさおとめおどり)

 

市指定重要無形民俗文化財 昭和43(1968)年3月13日指定

所在地郡山市湖南町舘
所有(管理)者名休止中
アクセス磐越自動車道磐梯熱海インターチェンジから車で約30分
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 稲の豊作を願うためにあらかじめ儀礼的に稲作の過程を演じることがあります。それの芸能化したものを田植え踊りといいます。会津地方では田植え踊りを早乙女踊りというように舘の早乙女踊りは会津地方からの影響を受けています。

 由来によれば1833(天保4)年、舘が二本松領から会津領となり会津との交流が盛んになった頃、早乙女踊りが流入したといいます。また江戸時代末期に舘の百姓八郎次が会津の早乙女踊りを習い伝えたといいます。

 踊りは4月1日に農神を祀る御札神社の境内で行われますが、大正時代までは旧正月に舞い込みといい村内外の家々を訪れました。

 踊りはヘラ踊りと扇子踊りからなっています。ヘラ踊りでは田神が各家の繁栄を祝い、扇子踊りでは種蒔きから田植えまでの過程が唄われ舞われます。踊り子は6人で他にササラスリ1人、唄い手4人、笛2人、大太鼓1人、三味線2人がつきます。

ちょっとブレイク

なぜ樹齢1007年?

二本松藩の丹羽公が巡見の際、御札神社の大杉の樹齢を尋ねたところ、村の婆さんが「千と七年です」と答えたので「証拠は」と聞くと「杉は枝が地面に垂れると千年、この杉は枝が地について7年目です」。丹羽公は一笑し、褒美をとらせたんだって。