市指定史跡 平成2(1990)年4月25日指定
| 所在地 | 郡山市湖南町福良字立石8362-2 |
|---|---|
| 所有(管理)者名 | 郡山市福良財産区 (問合せ)郡山市文化スポーツ観光部文化振興課 |
| アクセス | 磐越自動車道磐梯熱海インターチェンジから車で約40分 |
青松浜の湖水ばたに聳え立つ赤松の古木です。その下枝は大きく腕を伸ばして、湖岸道路越しに湖水の水を汲もうとするかのようです。高さは15m、磐梯おろしに耐え抜いた幹肌は荒々しく、枝張りは17mにも及びます。
樹齢は250年。江戸時代の中頃に、会津領と二本松領の藩境の目印として植えられたものと考えられます。(なお、現在この松は無く、切株のモニュメントとして残っています。)
藩境を村境とする横沢と中地は、戦国時代の1523(大永3)年に、舟津山の境界をめぐって争うことがありました。それは、潅漑用水と田圃に踏み込む刈敷肥料、薪炭・建築・造船等に用いる木材を得るための山野・河川への需要が高まるなかで発生したものでした。
村境は、黒川(会津若松市神指町)に住む領主の蘆名盛舜の裁定によって確定しますが、盛舜から横沢殿に渡された「舟津山堺証書」が『松藩捜古』に採録されています。
ちょっとブレイク
青松ケ浜は大正天皇の命名
『藩領境の大松』がある青松ケ浜は、遠浅で波も穏やかなため、夏は湖水浴客でにぎわいます。また、湖岸には白砂と松林が続き、景勝地としても有名です。元は宮家の御用地として鬼沼や中ノ沢湖岸とともに献上され、「青松ケ浜」は大正天皇の命名と言われています。