県指定重要有形民俗文化財 昭和30(1955)年12月27日指定
| 所在地 | 郡山市麓山一丁目5-30 |
|---|---|
| 所有(管理)者名 | 郡山市 (問合せ)郡山市歴史情報博物館 |
| アクセス | 郡山駅前から池の台経由槍ヶ池団地行き、コスモス循環池の台先回り、静団地行き、郡山市中央図書館下車徒歩すぐ |
| 開館 | AM9:30~PM5:00(入館はPM4:30まで) ※休館日あります。 |
「文楽」で知られる人形浄瑠璃は、江戸時代に関西、四国地方で大いに栄え、今なお、わが国の優れた伝統芸術として伝えられていますが、江戸時代に、安積郡山ノ井村高倉(現日和田町高倉)でも人形浄瑠璃が行われていました。これは全国の人形浄瑠璃分布の最北端に位置するといわれますが、その始まりは明らかではありません。
現存している太鼓胴に宝暦4年、延享4年、安永2年、寛政4年、嘉永5年の修理銘があり、幕には「吉田大越座江」等の文字が記されているので、長期間伝承されていたようです。
しかし、1893(明治26)年頃に廃絶し、人形など道具一式は、つづらに入れたまま山清寺に置かれていました。現在は、日和田公民館に、首(かしら)32体、手足各14箇、肩具等10箇、衣装50枚、幕4枚、太鼓胴1箇、他に小道具類が保存されています。
「高倉人形」として親しまれた人形浄瑠璃が、今に伝えられなかったことは惜しまれますが、庶民芸術の資料として、また人形浄瑠璃の分布上極めて価値の高いものです。
ちょっとブレイク
庶民による庶民の為の娯楽
人形浄瑠璃は日本の伝統芸能!といった感じで、見たこともない人も多いのではないでしょうか。でも昔はきっとテレビドラマを見るような感覚で楽しんでいたに違いありません。古老の話によると当時は『朝顔日記』や『大功記』が人気だったようです。