市指定重要文化財(考古資料) 昭和43(1968)年3月13日指定
| 出土地 | 富久山町久保田字山王舘 |
|---|---|
| 所有(管理)者名 | 郡山市 (問合せ)郡山市歴史情報博物館 |
| アクセス | 郡山駅前から池の台経由槍ヶ池団地行き、コスモス循環池の台先回り、静団地行き、郡山市中央図書館下車徒歩すぐ |
| 開館 | AM9:30~PM5:00(入館はPM4:30まで) ※休館日あります。 |
1966(昭和41)年の一次調査において発見されたものです。直径68.6cm、高さ27cm、底部の直径15.4cm、肉厚約1.5cm。内外面共に縄文はありません。口縁部には山形の突起が2個一対で4組あり、波状を呈し、突起には直径2cmの円孔があります。胴部に膨らみやくびれがなく、思いきり外側に反った姿は端正であり、生活用具としてよりも祭事などを想わせるものであります。大変、珍重されるべきものです。
山王舘遺跡は三次にわたって調査されましたが、この浅鉢は土器の製作時期によって1式から10式まで細分化されている大木式土器のうち、8・a・b式の時期のものとされ、縄文中期の遺跡であることが判明しました。住居址と土器が多く出土すると共に、多くの土坑が検出されていますが、集団墓群であるとされています。地表下約1m、直径約1mの竪穴に遺骸と共に小型壺・三角壔立体土製品・三角土製品等を埋納し、その竪穴(土坑)を埋めた上に花崗岩の四角型の石を置き、これを覆うように倒伏した「浅鉢」が土圧により押しつぶされた状態で出土しました。
ちょっとブレイク
昭和41年から発掘調査開始
富久山町久保田の日吉神社は『山王舘』と呼ばれる小さな城跡があった場所に建立されたもので、この北側一帯は縄文時代中期の土器が出土する山王舘遺跡として知られています。発掘調査は昭和41年から始まり、土器の他、縄文人のお墓らしき穴も見つかっています。