市指定重要文化財(考古資料) 昭和62(1987)年3月31日指定
| 所在地 | 郡山市田村町山中字本郷135 |
|---|---|
| 所有(管理)者名 | 田村神社 |
| アクセス | 郡山駅前から旧国道経由東山霊園行き、蓬田線蓬田行き、山中下車徒歩7分 |
| 開館 | (開館) |
この燈籠は、田村神社拝殿前参道の左側に1680年(延宝8)年守山領(幕府領)の検地が無事終了したことを奉謝して奉納された燈籠です。奉納者は検地奉行脇田次郎左衛門(棚倉城主内藤紀伊守の家臣)です。
1678年(延宝6)年6月、幕府はそれまで二本松藩の預り領であった幕領守山村など30ヶ村(約12,800石)を幕府の直轄としたのを機に、棚倉藩に対し同領の検地を命じました。藩では検地奉行ほか13人の検地役人を派遣し、3年後の延宝8年に完了しました。この検地で総村高が25,200石となり、約2倍の打ち出し(増し高)となりました。こうした打ち出しは、しばしば農民一揆の原因になりましたが、一揆もなく無事終了したことは大元帥明王の御加護と感じ、燈籠の奉納となったのです。
燈籠の形状概要は、高さが2.33mの安山岩質熔結凝灰岩で作られた別石組みの六角形石燈籠です。基礎は2段積みで、円柱状の竿は節を持たず、この面に燈籠寄進文が細字彫りで18行368文字にわたり刻まれています。歴史上の事績を証する燈籠として極めて貴重なものです。
この他、ここには…
ちょっとブレイク
手広げの里・手代木
田村町手代木は、坂上田村麻呂が東征の際にこの地で大手を広げ、押し寄せた賊軍を追い払ったことから手広げの里、それが訛って手代木になったとか。