妙見宮鷲頭寺年表

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No 時代 年月日表記 西暦 妙見宮鷲頭寺年表 できごと 出典 関連 備考
1 推古三年九月十八日 595/9/18 大星降臨す p23
p26
p39
2 推古五年三月二日 597/3/2 琳聖太子多々良浜につく。 p25
3 推古五年四月 597/4 琳聖太子、灘波の宮にて聖徳太子と会見、灘波の生玉の宮をいただく。 p27
p29
p34
4 推古五年九月九日~十八日 597/9/9 琳聖太子、下松にて日本最初の星供を修す。宮之洲に中宮・上宮を建立 p26
p28
p103
5 推古十一年 603 冠位十二階全国制定 p36
p44
6 推古十一年 603 高鹿垣嶺(茶臼山)上宮建立 p44
7 推古十一年 603 秦造川勝、京都広隆寺建立 p51
8 推古十三年 605 琳聖太子、推古天皇より多々良姓をいただく。 p45
9 推古十五年 607 百済の帰化人鞍作福利を通訳として小野妹子を隋にやる。 p45
10 推古十七年 609 上宮・中宮を鷲頭山に遷座 p48
11 推古三十年 622 聖徳太子四十九歳で死ぬ p50
p52
12 推古三十六年 628 推古天皇七十五歳で亡くなる。 p52
13 舒明五年 633 琳聖太子は推古天皇、聖徳太子像を彫刻、妙見社中宮に祀る。 p53
14 舒明十三年 641 山背大兄王一族滅亡 p54
15 斉明六年七月十八日 660/7/18 百済国滅亡 p56
16 天智六年六月二十一日 667/6/21 琳聖太子九十六歳で入滅 p57
17 宝亀五年六月十五日 774/6/15 弘法大師、空海生れる。(真言宗開祖)
18 承和二年三月二十一日 835/3/21 弘法大師入定
19 寛平元年 889 多々良正恒、宇多天皇の病気平兪を祈願し、大内姓を賜う。 p61
p62
20 寛平元年 889 多々良正恒、上宮・中宮を再建 p65
21 昌泰二年十月二十四日 899/10/24 宇多天皇仁和寺にて出家す。日本最初の法皇となる。 p61
p64
22 延喜三年 903 菅原道真太宰府にて死す。五十九歳 p64
23 年代不詳 四代大内茂村、妙見社宮殿再建。
氷上山(山口市)妙見社建立
p67
p68
p68
24 年代不詳 十一代大内満盛、妙見社宮殿再建 p68
25 正平七年 1352 十七代大内弘世、鷲頭氏をほろぼす。 p69
26 正平七年 1352 大内弘世、下宮を赤坂に建立。中之坊・宮之坊・寳樹坊・寳積坊・寳蔵坊・寳泉坊・閼伽井坊(宮司坊)の七坊建立 p68
27 明徳二年 1391 大内義弘、内野合戦にて山名氏をほろぼし、南帝を補佐し、三種の神器を守護、鷲頭山に仁王門と五重塔を建立。 p70
28 応永元年 1394 大内義弘、仁王門・五重塔の落成式をおこなう。 p70
29 応永六年 1399 十八代義弘は朝鮮国王定宗に旧百済国の一部の土地をこう。 p70
30 享徳二年 1453 二十二代大内教弘、僧侶有栄を朝鮮国につかわす。 p75
31 年代不詳 二十六代大内義興、妙見社中宮を再建 p76
32 享禄元年十二月 1528/12 大内義興、山口で死す。 p76
33 天文二十年九月一日 1551/9/1 二十八代大内義隆、長門市大寧寺で死す。四十五歳。
大内氏滅亡
p78
p81
34 永禄四年 1561 毛利元就の命により宮司坊あらため鷲頭寺となる。
御與三体・御太刀・木馬等を寄進する。
p82
35 永禄十二年十二月十五日 1569/12/15 毛利元就、鷲頭寺上宮建立、権大僧都源嘉法印代 p83
36 延寳六年八月 1678/8 毛利就隆、上宮上屋建立、妙見山鷲頭寺法印増遍代 p85
37 延寶七年 1679 徳山藩主第十三代毛利元次・鐘樓門再建
増遍、文隆法印代
p85
38 享保二年 1717 毛利吉元、御神與再造・一峯法印代 p85
39 享保十年十月 1725/10 観音堂建立、一峯法印代
40 寛保三年四月 1743/4 毛利廣豊病気平兪のため上宮上屋再建
権大僧都海本法印代
p86
41 宝暦七年六月十三日 1757/6/13 毛利廣豊中宮上屋を建立、海本法印代 p86
42 明和元年八月 1764/8 妙見宮宿殿を再建
権大僧都恵本法印代
p86
43 明和四年十一月 1767/11 毛利就馴の病気平兪のため若宮社を再建
権大僧都恵本法印代
p86
44 安永元年十二月十二日 1772/12/12 若宮社燈籠台を建立
恵本法印代
p86
45 寛政二年十一月 1790/11 中宮社鐘撞堂建立 p87
46 寛政二年 1790 中宮社石鳥居を建立
権大僧都恵實法印代
p86
47 寛政五年 1793 山城屋両家より中宮社通夜堂建設 p87
48 文化二年 1805 護摩堂(観音堂)再建、権大僧都恵實法印代 p87
49 文化三年 1806 中宮社大番固屋建設
大般若経再興
p87
50 文化八年八月四日 1811/8/4 妙見川に白亀出現 p87
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