八月十六日(金)
午前八時、ホフサンマル氏来タル。同道シテ火薬庫裏ノ地所ヲ見分シテ後、十七号三十号ヲ最善ト定メ、差配人高瀬氏ト交渉シタルニ、代価ハ壱坪四拾七円五十銭ナレトモ、寄宿舎ノ為ニハ絶対ニ売渡ヲ拒絶ストノコトナリ。但中澤彦吉ニ於テ承諾セバ格別ナリトノコトナリ。
帰宅シテホフマンサー氏ト午餐ヲ共ニシテ後、名光阪下ノ土地ヲ見テ、同氏ハ帰宅セリ。
此日炎熱甚シ。
⇒ 収録されている日記
「〔井深梶之助日記〕大正七年」
〔大正7年(1918年)8月16日〕
八月十六日(金)
午前八時、ホフサンマル氏来タル。同道シテ火薬庫裏ノ地所ヲ見分シテ後、十七号三十号ヲ最善ト定メ、差配人高瀬氏ト交渉シタルニ、代価ハ壱坪四拾七円五十銭ナレトモ、寄宿舎ノ為ニハ絶対ニ売渡ヲ拒絶ストノコトナリ。但中澤彦吉ニ於テ承諾セバ格別ナリトノコトナリ。
帰宅シテホフマンサー氏ト午餐ヲ共ニシテ後、名光阪下ノ土地ヲ見テ、同氏ハ帰宅セリ。
此日炎熱甚シ。
⇒ 収録されている日記
「〔井深梶之助日記〕大正七年」