[冒頭余白]
詩篇百三の五、斯くて汝は若やぎて鷲の如く新たになるなり
哥林多後書四の十六、我等臆せず我らが外なる人は破るるとも内なる人は日々に新た也
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「七十六齢北斎画狂老述
己六才より物の形状を写すの癖ありて、半百の頃より屡々図画を著はすと雖も、七十年画く所実に取るに足るものなし。七十三才にして稍々禽獣蟲魚の骨格、草木の出生を悟り得たり。故に八十にしては益す進み、九十にして猶其の奥意を極め、一百才にして正に神妙ならんか、百有十才にしては一点一格として生るが如くならん。願くは長寿の君子、予が言の妄ならざるを知り給ふべし。」
翁死に臨み、天我をして十年の命を長くせしめばと云ひ、暫くして更に謂つて曰く、天我をして五年の命を保たしめば真正の画工となるを得べしと言了りて死す。時に歳九十。其意気、実に壮なりと謂ふべし。
大正十年1920[21]、我ガ東京ニ第八回世界日曜学校大会ヲ開キタル時、非常ニ多忙ヲ極メタル為ニ年来日記ヲ作ルノ慣習ヲ破リ、其後今日ニ至リシガ、今年復興第一年ヨリ復日記ヲ復興スルコトト為ス。
⇒ 収録されている日記
「〔井深梶之助日記〕大正十三年」