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港区史 第3巻 通史編 近世 下
(三田用水組合の管理)
三田用水
組合の管理
三田用水
は、下北沢村(現在の東京都世田谷区北沢・代沢)で玉川上水から取水し、代田村,また、代田村は、
三田用水
となってから一二か村組合より願い上げて組合への加入が許可されている。,以下、この善右衛門がまとめた編纂物をもとに、
三田用水
の実態を見てみる。 ,組合側は、
三田用水
は「堀敷御年貢引ケ被仰付(おおせつけられ)候用水」のため、品川用水と同じく水料米を請負人,また、その際、
三田用水
の樋口明け方は、これまで町年寄へ届け出るだけでよかったが、以降は町年寄への届け出 /
三田用水
組合の管理
新修港区史
((2) 三田用水組合による周辺地域との関係)
(2)
三田用水
組合による周辺地域との関係 【
三田用水
】 文政年間に至ってもなお、港区地域内に農地が,存在していたことは、(一)項で述べたが、その多くは、
三田用水
を灌漑に利用したものであった。 ,
三田用水
は、元来は寛文年間に上水として造られたものであり、玉川上水を下北沢村で分流し、三田・芝の地域に,願は享保九年に裁許され、以後
三田用水
として利用されることになったという(『新編武蔵国風土記稿』)。,しかし、
三田用水
は、玉川上水からの分流であったために、上水不足の時には、しばしば流水量を制限され、用水 / (2)
三田用水
組合による周辺地域との関係
港区史 第3巻 通史編 近世 下
(参考文献)
』一~五、吉川弘文館 佐藤友理 二〇一八 「史料紹介 上大崎村名主竹内家文書『四ツ谷御上水分水 字
三田用水
由来一件留,一九七六 『品川区史』続資料編一、品川区 渋谷区編 一九六六 『新修渋谷区史』上、渋谷区
三田用水
普通水利組合, 一九八四 『江戸の上水と
三田用水
』岩波ブックセンター信山社 山﨑久登 二〇一七 『江戸鷹場制度の研究
新修港区史
(新修港区史 目次)
………………………………………………………三八二 支配形態に基づく周辺地域との関係
三田用水
組合
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