区会議員選挙にみる地域社会と政治

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 ここでは、戦間期の地域社会と政治の関わりを、主に政党勢力の動向に注目して検討した。次に、より地域に密着した区会議員選挙に即して異なる角度からみてみよう。
 表3―2―2―2は、大正一〇年(一九二一)、同一四年、昭和四年(一九二九)の区会議員選挙における芝区、麻布区、赤坂区および全市の有権者数と投票者数、棄権者数、棄権率を整理したものである。表3―2―2―3は、当選した区会議員の職業を整理したものである。区会議員選挙の有権者資格は、区内に住所を有する東京市公民で、その区で直接市税を納める者と規定されていた。東京市民の納税要件は、大正一〇年が直接国税二円以上納入、大正一四年が直接国税納入、昭和四年は男子普通選挙制の導入で納税要件は撤廃されていた。また大正一〇・一四年では、各区ですべての有権者が納めた直接市税総額を有権者の人数で割り、平均納税額以上の有権者が一級の選挙資格を、平均納税額以下の者が二級の選挙資格を有した。一級、二級では、各区会議員の半数ずつが選出された。
 以上を念頭にまず大正一〇年と一四年を比較してみると、東京市公民の納税要件が緩和されたことに伴い、各区とも有権者数が二倍前後に増加したことがわかる。また有権者が増加する一方で、そのなかに占める一級の選挙資格を有する者の比率は低下しており、この傾向はとくに麻布区、赤坂区で顕著である。このことは、両区においては直接国税を納める有権者のなかでも、納税額に大きな開きがあることを示している。またこれに伴って、両区では少数の一級選挙の有権者資格を有する人々が区会議員の半数を選挙できる点で「一票の重み」がとくに大きいことがうかがえる。
 次に表3―2―2―3に従って区議の職業の変化をみると、芝区では商業・交通業の比重が低下し工鉱業や公務自由業が増加していること、麻布区ではあまり変化がみられないこと、赤坂区では公務自由業と無職が減り商業・交通業が増加していることがわかる。なおこの区会議員選挙では、候補者は「大概区会の党別に依らず主として町会を基として立つやうになつてゐる」(『東京朝日新聞』大正一四年一一月二二日付)と報じられ、その結果「今まで区の会派内では羽振りもきかなかつたが町内会では比較的人の世話などをしてゐた弁護士、仲介業者や医師などが比較的高点で当選してゐる」とされた(『東京朝日新聞』大正一四年一二月一日付)。上記の報道によれば、この職業構成の変化には当該期の町内会が関わっているという。
 次に大正一四年(一九二五)と昭和四年(一九二九)を比較すると、まず男子普通選挙制の導入により納税要件が撤廃されたことに伴い、芝区、麻布区では有権者数がほぼ二倍に、赤坂区では約一・七倍増加している。この区会議員選挙で特徴的なことは、棄権率が大幅に上昇し、とくに麻布区では三六・八パーセントを記録して、東京市一五区中最高の棄権率となっていたことであった。
 表3―2―2―3に従って職業の変化をみると、各区とも全体に職業構成が多様化し、麻布区、赤坂区では商業および交通業の比重が大きく低下している。この点に関しては、初の男子普通選挙制での区会議員選挙に伴う「珍現象」として、「従来区会議員の職は全くの名誉職としてその土地の古顔で地主、大旦那など」が選出されていたが、男子普通選挙制に伴って「商人の大旦那、地主などの古顔連中は職人などと一しよにやれるものかとあつて立候補をさけてゐる」との報道もみられた(『東京朝日新聞』(夕刊)昭和四年一一月一三日付)。またこの昭和四年の区会議員選挙での棄権については、「本郷、麻布、赤坂の如き知識階級有産階級の多い区」が「ひどい棄権率を示してゐる」とも指摘されていた(『東京朝日新聞』昭和四年一一月二九日付)。麻布区や赤坂区は、先にみたように大正一四年の区会議員選挙では一級の選挙権を有する有産者の「一票の重み」がとくに大きかった。男子普通選挙制の導入は、こうした地域における有権者の一票の意味を大きく変えるものであり、そのなかで両区のように有産者の多い地域では、区会議員の構成や人々の選挙への関心に変化が生じていたと考えられる。
 また表3―2―2―4は、この区会議員選挙の当選者の党派別一覧である。東京市一五区全体の動向と同様、いずれの選挙区においても民政党系が優位であったが、芝区、麻布区では、無産政党である社会民衆党の候補がそれぞれ二名初当選するなどの変化もみられた。  (中村 元)
 

表3―2―2―2 大正10年(1921)、大正14年(1925)、昭和4年(1929)の区会議員選挙の有権者と棄権者

表3―2―2―3 大正10年(1921)、大正14年(1925)、昭和4年(1929)の区会議員の職業構成(単位:人、かっこ内は%)

表3―2―2―4 昭和4年(1929)東京市全域および芝、麻布、赤坂各区の区議当選者の党派構成

『東京朝日新聞』昭和4年(1929)11月30日朝刊(朝日新聞記事データベース)をもとに作成