みなと 記憶の風景ランドスケープ

~区民のインタビュー映像~

東麻布周辺

金本 兼次郎さん

  • 風景 東麻布

    うなぎ屋の老舗・野田岩の店主金本さんが、昭和20年(1945年)のまだ少年だった頃に東京大空襲がありました。空襲警報が鳴り、自宅前に掘った防空壕に避難をしました。爆撃の音が止み、自宅に戻ると、2階は屋根を焼夷弾が突き抜けていました。今も現役でお店に立ち、パリの支店にも足を伸ばす、生涯職人の金本さんの人生は、戦前、敗戦、戦後復興、高度成長という激動の時代と重なります。貴重なお話の数々をうかがいました。

    撮影日:令和元年(2019)5月20日

  • ■金本 兼次郎さんのプロフィール

    昭和  3年(1928)  金本兼次郎さん誕生、8人兄弟の長男

    昭和  9年(1934)  東京市飯倉尋常小学校に入学、その後東京市麻布高等小学校へ

    昭和20年(1945)頃 早稲田工手学校に入学

    昭和24年(1949)頃~町工場で働く

    昭和32年(1957)  野田岩五代目に就く(「生涯うなぎ職人」の著者紹介より)

    平成18年(2006)  飯倉三・四丁目町会 会長に就任

    平成19年(2007)  厚生労働省より現代の名工に認定

    ■東麻布:インタビューメニュー

    生い立ちの風景(1:29)→戦前の風景(3:45)→子ども時代の風景(4:35)→遊びの風景(6:50)

    →仕事の風景(8:48)→戦中の風景(10:20)→空襲の風景(13:03)→戦後の風景(18:25)

    →五代目「野田岩」の風景(20:59)

    ■撮影コース

    桜田通り(00:14)→東麻布界隈(7:29)→飯倉交差点(16:30)

■かつての東麻布の風景■

■東麻布の歴史をもっと知るためのキーワード■