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郡政の改革

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在方支配は、大庄屋を筆頭に平百姓まで、上下の序列がはっきりとした線で引かれていた。こうした徹底した身分制度のもとに、在方支配が行われた。しかし、幕末の小倉藩の動乱は長州との戦争による小倉城の自焼に始まる藩庁の香春(のち豊津)への移転、領内の困窮と続いて、藩の財政逼迫(ひっぱく)と農村の疲弊は極限に達していた。疲弊した領内を藩政改革で立て直しを目指した。在方においては、役職の統廃合が進められた。
 慶応四年(明治元=一八六八)三月六日には、藩政改革に伴って、郡政も郡代をはじめ、多くの役職の統廃合が行われた。廃止された役職は、郡代・代官・山奉行・検見定役・郡土蔵役・作事役・井樋方・炭方・蓑嶋在番・大橋御茶屋番・郡土蔵集銀引受、郡方撫育方・作事方付・同手付・郡目付で、郡方内役所も郡方内役と改められた。