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解説
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長野高校の校舎改築工事にともなって1991(平成3)年に発掘調査された、弥生時代後期から平安時代にかけての集落遺跡で、竪穴住居跡の総数は104軒です。 そのうち古墳時代中~後期の竪穴住居跡56軒がかなり密集した状態で発見されました。この遺跡の特徴は、5世紀中頃にはほぼすべての住居にカマドがつくられるようになることです。それまでは住居の中央には、調理・暖房・照明などの機能をあわせもつ炉がつくられていました。朝鮮半島からの渡来文化の一つと考えられているカマドは、住居の壁につくられ効率的な空間利用が可能となり、また調理における熱効率も格段に進歩したのです。まさにキッチン革命といえるでしょう。 弥生時代後期から古墳時代前期にかけての土器の中には、北陸地方の影響を受けたと考えられるものがあり、他の遺跡にくらべて多いのが特徴です。また古墳時代中期になると、これまでの伝統的な赤焼けの土器とは製作技術が異なる、須恵器とよばれる登り窯で焼かれたネズミ色の土器が登場しますが、この古式の須恵器が多いことも特徴です。滑石という比較的柔らかい石で剣や鏡などをまねた、石製模造品とよばれるマツリの道具や、子持勾玉も出土しています。めずらしい遺物の土製の鈴は、鼓の形をしたものと鉄アレイの形をしたものがあり、振ると「シャリシャリ」と静かな古代の音がします。 出土した多量の土器は、時期的にも地附山古墳群上池ノ平1~5号古墳とほぼ同じであり、密接な関連性が考えられます。
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