/ 4069ページ
画像
画像ビューア
遺跡名称 徳間本堂原遺跡
遺跡名称(かな)
遺跡番号/遺跡群名/遺跡名 A-083/ /徳間本堂原遺跡
欧文タイトル
遺跡名称に関する注記
差出 作者
受取
製作者
年代
年代終
数量
形態
寸法(図録用)
大きさ(縦)
大きさ(横)
大きさ(高さ)
材質
形態に関する注記
保存状況
収録時間
縮尺
調査年度 1994, 2006, 2013
言語
ISBN
ISSN
テーマ
地区別
関連する人物・団体
検索用時代区分_埋蔵文化財 縄文,弥生,古墳,平安
検索用時代区分_埋蔵文化財コード
検索用時代区分_埋蔵文化財終
検索用時代区分_埋蔵文化財終コード
内容細目
解説 長野市立長野高校の北側にある若槻丘陵南斜面に位置する遺跡です。遺跡の範囲には直径10m程度の円墳が数基確認されている徳間古墳群を一部含みます。また、遺跡の南側には長野市内でも有数の遺跡を内包する浅川扇状地遺跡群が広がり、東側には古墳時代の集落跡や祭祀遺構が見つかった駒沢新町遺跡が位置しています。
 平成7年(1995)に、土木事業代替地先行取得事業に伴って発掘調査が実施され、弥生時代の竪穴住居跡5軒、古墳時代の竪穴住居跡3軒、平安時代の竪穴住居跡1軒、弥生時代の礫床墓4基、古墳時代の土坑墓1基等を検出したほか、直径が約16mの円墳が見つかりました。墳丘は削平されていて、周溝だけが検出されましたが、その周溝からは土師器の杯がまとまって出土した場所や、赤色顔料が盛られた高杯などの祭祀跡と思われる痕跡が見つかっています。
 平成18年(2006)には長野市立長野高校建設に伴って試掘調査が実施されています。確認された遺物や遺構はわずかで、調査地が集落の縁辺部だったと考えられます。
 平成25年(2013)から平成26年(2014)の県道豊野線道路改良事業に伴う発掘調査では、竪穴住居跡13軒、溝跡、土坑が見つかりました。遺構の時期は弥生時代から古代までで、特に竪穴住居跡は4軒が弥生時代中期、6軒が弥生時代後期と弥生時代が中心であり、また重なり合うものが多く、密集した様子が確認できました。
 これまでの調査結果から、徳間本堂原遺跡は、弥生時代では竪穴住居が建ち並ぶ居住域であり、古墳時代では土坑墓や古墳がつくられる墓域であったと考えられます。
解説(英語)
来歴
来歴(英語)
所蔵機関 長野市埋蔵文化財センター
所在 徳間(東徳間)本堂原
遺跡番号ID 78
管理記号
カテゴリ区分
包蔵地種別 集落跡
大分類 遺跡
中分類
小分類
文化財情報
上位階層目録ID
関連目録ID
manifest.jsonへのURL
参照データ
長野市行政地図情報 https://www2.wagmap.jp/nagano/Map?mid=7&fid=738-15&mps=5000
関連画像URL
自治体史掲載
報告書/参考資料 069_徳間本堂原遺跡,139_徳間本堂原遺跡(2)/L013_発掘された長野2013
翻訳の言語
権利関係・二次利用条件 独自規定あり
原資料の利用条件
権利関係・利用条件に関する注記
緯度・経度・高度に関する注記
汎用フィールド01
キーワード
備考
汎用フィールド05
汎用フィールド06
汎用フィールド07
汎用フィールド08
汎用フィールド09
汎用フィールド10
汎用フィールド11
汎用フィールド12
汎用フィールド13
汎用フィールド14
汎用フィールド15
汎用フィールド16
汎用フィールド17
汎用フィールド18
汎用フィールド19
汎用フィールド20
汎用フィールド21
汎用フィールド22
汎用フィールド23
汎用フィールド24
汎用フィールド25
DOI
既刊目録名
デジタル化の経緯に関する注記
/ 4069ページ