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遺跡名称 稲積一里塚
遺跡名称(かな)
遺跡番号/遺跡群名/遺跡名 A-095/浅川扇状地遺跡群/稲積一里塚
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検索用時代区分_埋蔵文化財 近世
検索用時代区分_埋蔵文化財コード
検索用時代区分_埋蔵文化財終
検索用時代区分_埋蔵文化財終コード
内容細目
解説 この一里塚は、稲田部落から東に950mほどの畑の中にあり、農道をはさんで二基が向かい合っています。
 北側のものは高さ3.5m、南北の直径約9mあり、南側のものは高さ2.6m、南北の直径約9mです。両方とも上に松が生えており、北側の塚には二十六夜塔(慶応元年=1865)が建てられています。
 一里塚は慶長九年(1604)に徳川秀忠の命で築かれたものだといわれています。この一里塚はのちの北国街道から全くはずれていますが、最初の街道は吉田から吉村・四ッ屋(牟礼村)を経て、牟礼宿に通じていたようです。
 北国街道の一里塚は淀(よど)ヶ橋・吉にもあったが、淀ヶ橋のものは跡形もなくなり、吉のものはひとつだけが残っていて、このようにふたつが完全に近い形で残っているのは珍しいです。これから北には、牟礼村四ッ屋・信濃町野尻上ノ原などにふたつそろった一里塚が見られます。
 この稲積一里塚は、ほぼ原形のままで残っているというだけでなく、一里塚が築かれたのちに北国街道の道筋が変わっていることを示している点でも重要な遺跡です。
解説(英語)
来歴
来歴(英語)
所蔵機関 長野市埋蔵文化財センター
所在 稲田 二ツ宮
遺跡番号ID 90
管理記号
カテゴリ区分
包蔵地種別 その他
大分類 遺跡
中分類
小分類
文化財情報
上位階層目録ID
関連目録ID
manifest.jsonへのURL
参照データ
長野市行政地図情報 https://www2.wagmap.jp/nagano/Map?mid=7&fid=180-14
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自治体史掲載
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権利関係・二次利用条件 独自規定あり
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既刊目録名
デジタル化の経緯に関する注記
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