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解説
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若槻里城跡は若槻団地内に位置する居館跡です。南北約100間(182m)、東西約70間(127m)、周囲に堀を巡らしていたといわれていますが、現在では遺構のほとんどが住宅地となっており、堀の一部が若槻里城公園として残っているだけとなっています。 長野市埋蔵文化財センターでは平成23年に若槻里城公園造成工事に伴う試掘調査を実施しており、弥生時代中期の土器片と、古墳時代後期~中世の土器片が出土しています。 伝承では鎌倉時代初期に源頼隆によって若槻山城とともに築かれたと伝えられていますが、明らかではありません。
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