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解説
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長野市高田南向沖にあり、長野盆地平野部の旧裾花川が形成した段丘上に立地します。別名王塚・直塚山・ながめ塚等と呼ばれ、平成8年(1996)に墳丘測量調査が実施されました。 墳丘の形は切頭円錐形の円丘に小規模な前方部が南西につく前方後円墳とされていますが、帆立貝形古墳や造出付円墳の可能性もあります。全長46m、後円部直径33m・高さ4.8m、前方部の長さ13m・幅8mを測り、段築・葺石・埴輪等の外部施設は認められず、内部施設も不明です。 明治43年(1910)頃に後円部東北斜面から瑪瑙(めのう)製勾玉(まがたま)1点が表面採集され、昭和54年(1979)には宝暦9年(1759)に描かれた絵図面が個人宅より発見されました。前方後円墳とすれば、長野盆地平野部としては唯一の例と考えられます。昭和44年(1969)に長野市指定史跡に指定されています。
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