/ 4069ページ
画像
画像ビューア
遺跡名称 箱清水遺跡
遺跡名称(かな)
遺跡番号/遺跡群名/遺跡名 C-002/ /箱清水遺跡
欧文タイトル
遺跡名称に関する注記
差出 作者
受取
製作者
年代
年代終
数量
形態
寸法(図録用)
大きさ(縦)
大きさ(横)
大きさ(高さ)
材質
形態に関する注記
保存状況
収録時間
縮尺
調査年度 1980, 1983
言語
ISBN
ISSN
テーマ
地区別
関連する人物・団体
検索用時代区分_埋蔵文化財 弥生
検索用時代区分_埋蔵文化財コード
検索用時代区分_埋蔵文化財終
検索用時代区分_埋蔵文化財終コード
内容細目
解説 箱清水遺跡は弥生時代後期後半に善光寺平を中心として分布する「箱清水式土器(通称:赤い土器)」の標式遺跡として著名な遺跡です。遺跡は長野市箱清水の長野西高等学校の敷地に所在し、大峯山から東南に伸びた尾根に連続する丘陵上に位置します。
 明治33年(1900年)に、長野西高等学校の前身である長野高等女学校の移転に際して造成工事が行われ、多数の土器が出土することが明らかとなりました。当時の高等女学校長であった渡辺敏(わたなべはやし)らがこれに注目し、東京帝国大学の坪井正五郎(つぼいしょうごろう)の知るところとなります。翌年には現地を視察した坪井の指示により、当時の弥生土器研究の第一人者であった蒔田鎗次郎(まいだそうじろう)が「長野市に於ける弥生土器の発見」という報告文を発表し、学界において非常に注目されるとともに、弥生時代の研究史に大きくその名を残すこととなりました。
 その後、箱清水遺跡から出土した土器については、昭和10年代に藤森栄一(ふじもりえいいち)によって編年的位置づけがなされ、昭和31年には桐原健(きりはらたけし)によって「箱清水式」と命名されました。
 箱清水式土器は、赤色塗彩された壷や高坏と、煩雑なまでに櫛描文を施した甕によって特徴づけられるもので、甕以外のほとんどの土器が赤色に塗りあげられていることから、別名「赤い土器」とも呼ばれます。その分布は善光寺平を中心に千曲川流域に広く認められ、さらには関東地方まで強い影響を与えています。
解説(英語)
来歴
来歴(英語)
所蔵機関 長野市埋蔵文化財センター
所在 長野箱清水 高岡道南
遺跡番号ID 190
管理記号
カテゴリ区分
包蔵地種別 集落跡
大分類 遺跡
中分類
小分類
文化財情報
上位階層目録ID
関連目録ID
manifest.jsonへのURL
参照データ
長野市行政地図情報 https://www2.wagmap.jp/nagano/Map?mid=7&fid=36-15
関連画像URL
自治体史掲載
報告書/参考資料 011_箱清水遺跡・大峰遺跡・大清水遺跡,015_箱清水遺跡(2)/
翻訳の言語
権利関係・二次利用条件 独自規定あり
原資料の利用条件
権利関係・利用条件に関する注記
緯度・経度・高度に関する注記
汎用フィールド01
キーワード
備考
汎用フィールド05
汎用フィールド06
汎用フィールド07
汎用フィールド08
汎用フィールド09
汎用フィールド10
汎用フィールド11
汎用フィールド12
汎用フィールド13
汎用フィールド14
汎用フィールド15
汎用フィールド16
汎用フィールド17
汎用フィールド18
汎用フィールド19
汎用フィールド20
汎用フィールド21
汎用フィールド22
汎用フィールド23
汎用フィールド24
汎用フィールド25
DOI
既刊目録名
デジタル化の経緯に関する注記
/ 4069ページ