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解説
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長野市街地の西方にそびえる旭山の東麓、裾花川の河岸段丘上に立地する山城です。 段丘の先端にある主郭は、一辺40~35mほどの方形を呈し、南と北に高さ2mほどの土塁があります。城域は堀切をはさんだ北側にも広がっていましたが、昭和4年に浄水場が設置され、施設の整備拡充にともなって城郭遺構の大半が姿を消しました。 城主は小柴見氏で、川中島合戦の最中の1562年、武田方の栗田氏の配下にあった小柴見宮内は上杉方に通じたため、武田信玄によって謀られました。 昭和62年、浄水場の拡張工事に伴い掘切部分が発掘調査され、石臼3点が出土しています。
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