/ 4069ページ
画像
画像ビューア
遺跡名称 葛山城跡
遺跡名称(かな)
遺跡番号/遺跡群名/遺跡名 D-201/ /葛山城跡
欧文タイトル
遺跡名称に関する注記
差出 作者
受取
製作者
年代
年代終
数量
形態
寸法(図録用)
大きさ(縦)
大きさ(横)
大きさ(高さ)
材質
形態に関する注記
保存状況
収録時間
縮尺
調査年度
言語
ISBN
ISSN
テーマ
地区別
関連する人物・団体
検索用時代区分_埋蔵文化財 中世
検索用時代区分_埋蔵文化財コード
検索用時代区分_埋蔵文化財終
検索用時代区分_埋蔵文化財終コード
内容細目
解説 葛(かつら)山城は、善光寺の北西に位置する標高810mの葛(かつら)山の山頂に立地しています。葛山城は裾花川左岸に位置しており、南側の対岸には旭山城跡があります。弘治元年(1555)に上杉謙信が旭山城に対する城として葛山城を築いたと伝えられています。
 城郭は葛山山頂に主郭があり、そこから三方に派生する尾根に曲輪が配置されています。曲輪の構築範囲はかなり広範囲におよび、その数は60に上ります。県下の山城の中でも屈指の規模の城郭として特筆されます。
 主郭は楕円形で、西側・東側・北側の3ヶ所に虎口があります。虎口の位置と曲輪配置から、三方に派生する尾根先端から尾根上の曲輪を経由して主郭にいたる3ヶ所の城内道の存在が想定されます。山頂の主郭の北は主郭直下の二の丸に続き、蔵屋敷と呼ばれる曲輪が数段あり、炭化した米が出土しています。東は斥候場と呼ばれ6条の空堀があります。また、南斜面には連続竪堀があり、善光寺側と旭山城を意識した防御施設を構築したものと思われます。
 なお、主郭及び曲輪には土塁がともなわず各曲輪の虎口が不明瞭であることなどは、大倉城跡などとともに上杉氏系城郭の特徴的な様相といえます。
 葛山城は川中島の戦いの三回目の戦いの前、弘治三年(1557)二月十五日(太陽暦で三月二十六日)、武田軍に攻められて落城しました。
解説(英語)
来歴
来歴(英語)
所蔵機関 長野市埋蔵文化財センター
所在 鑪 (茂菅)
遺跡番号ID 343
管理記号
カテゴリ区分
包蔵地種別 城館跡
大分類 遺跡
中分類
小分類
文化財情報
上位階層目録ID
関連目録ID
manifest.jsonへのURL
参照データ
長野市行政地図情報 https://www2.wagmap.jp/nagano/Map?mid=7&fid=71-15&mps=10000
関連画像URL
自治体史掲載
報告書/参考資料
翻訳の言語
権利関係・二次利用条件 独自規定あり
原資料の利用条件
権利関係・利用条件に関する注記
緯度・経度・高度に関する注記
汎用フィールド01
キーワード
備考
汎用フィールド05
汎用フィールド06
汎用フィールド07
汎用フィールド08
汎用フィールド09
汎用フィールド10
汎用フィールド11
汎用フィールド12
汎用フィールド13
汎用フィールド14
汎用フィールド15
汎用フィールド16
汎用フィールド17
汎用フィールド18
汎用フィールド19
汎用フィールド20
汎用フィールド21
汎用フィールド22
汎用フィールド23
汎用フィールド24
汎用フィールド25
DOI
既刊目録名
デジタル化の経緯に関する注記
/ 4069ページ