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解説
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長野市篠ノ井塩崎の千曲川沖積地に面する薬師山東麓には、多くの後期古墳が分布しており、別名囲内古墳ともよばれる丸山4号古墳は、周辺の古墳中ではもっとも下位に位置 しており、篠ノ井石川968番地の石川老人憩いの家敷地内に現状保存されています。 昭和46年(1971)に石室内の清掃調査が実施され、昭和47年(1972)3月1日に市指定史跡となりました。 墳丘の改変がいちじるしく、また東に開口する横穴式石室も天井石一枚が残存するのみで、羨道(せんどう)も破壊されています。石室は現状で長さ5.1m、幅2.1m、高さ2.5mであり、奥壁の巨大な鏡石には人物像の線刻画が描かれています。 清掃調査によって、金銅装大刀1点・刀子(とうす)2点・鉄鏃(てつぞく)4点の武器類、耳環(じかん)2個と切子玉(きりこだま)・丸玉・ガラス小玉の装身具、馬具の轡(くつわ)と雲珠(うず)が1点ずつ、ほかに長頸壺(ちょうけいつぼ)と蓋杯(ふたつき)の須恵器、鉄釘が出土しており、長野市立博物館が保管しています。 時期を比定しうる根拠が少ないため、築造時期を推定することは難しいですが、おおむね7世紀代の築造と考えられます。長野盆地の横穴式石室については、近畿地方だけでなく下伊那地方や群馬県からの影響や、長野盆地の独自性など多角的な視野に基づいた研究が必要であり、この古墳はその重要な位置を占めています。
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