|
解説
|
長野市篠ノ井塩崎の千曲川沖積地に面する薬師山東麓には、多くの後期古墳が分布しており、鶴萩古墳は篠ノ井塩崎1339番地の山麓に立地しています。 古くから横穴式石室が開口しており、正式な発掘調査は実施されていませんが、直径15.5m、高さ2.9mの円墳で、南東に全長9.5mの両袖形横穴式石室が開口しています。羨道(せんどう)の一部が破壊されているものの、玄室(げんしつ)の規模は長さ6.7m、幅2.8m、高さ2.8mを測り、大型の石材で構築されています。とくに奥壁には一枚の巨大な鏡石を据えています。 出土遺物は知られていませんが、昭和44年(1969)9月10日に長野市史跡に指定されました。 時期を比定しうる根拠が少ないため、築造時期を推定することは難しいですが、おおむね7世紀代の築造と考えられます。長野盆地の横穴式石室については、近畿地方だけでなく下伊那地方や群馬県からの影響や、長野盆地の独自性など多角的な視野に基づいた研究が必要であり、この古墳はその重要な位置を占めています。
|